NHK「ブラッサム」では、珠(石橋静河)が東京帝国大学に入学した木村保(金子大地)と一緒に暮らし始めた。モデルとなった宇野千代は、東京でどのような生活を送っていたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などを基に史実をひも解く――。
上京後に最初に訪ねたのは“元夫”の部屋
NHK朝の連続テレビ小説「ブラッサム」。第5週(10月26日~)では、いよいよ珠(石橋静河)が東京帝国大学に入学した木村保(金子大地)と、新たな人生をスタートさせた。
なお、史実の京都での二人の暮らしはカットされ、兄妹と偽って暮らしたといったエピソードは東京生活の中に混ぜ込まれるようだ。
(参考:元夫の弟を「兄」と偽り、6畳一間で同棲…朝ドラ「ブラッサム」では完全スルー、宇野千代の京都での"極貧生活")
作中では、最初から三好マキ(中村優子)と父の辰五郎(赤堀雅秋)が営む下宿屋に住むことになる二人だが、史実は異なる。
この時代、旧制高校は夏卒業のシステム。卒業後、忠の東京帝国大学法科大学への入学に併せて、二人は1917年夏に上京している。そして、最初に訪ねたのは、千代がかつて10日だけ夫婦だったことのある忠の兄・亮一の暮らす浅草の部屋である。
千代は後年、このように記している。
雄一(筆者注:自伝での亮一の仮名)はどこの学校へも行ってはいなかった。浅草の芝居小屋の裏手にある、ごみごみしたところで、女と一緒に、二階借りをして暮らしていた。私たちはちょうど昼過ぎにそこへ着いたのであったが、雄一と女はまだ寝ていた(宇野千代『生きて行く私』角川文庫、1996年)。
元夫は“ヒモ”のような暮らしをしていた
千代は「ごみごみしたところ」とさらりと書いているが、当時の浅草は芝居小屋と活動写真館が並ぶ猥雑な歓楽街である。昼となく夜となく賑わい、得体の知れない人々がウロウロしている。
そんな場所の裏手で、学校にも行かず、“女”と一緒に暮らしている。
