完全な無頼である。

そこへ、かつて10日だけ妻だった千代は、その弟と一緒に、いわば「将来の連れ合い」として荷物を提げて訪ねたわけだ。

しかも、亮一に気まずそうな様子はない。そもそも起きない。『生きて行く私』によれば、二人が階段に座って待っていると、下宿の女将が洗濯物を干すために二人をまたいでいく。それでも亮一はまだ寝ていた。ようやく起きてきたときは裸である。夏場で暑いから……というだけではないだろう。

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千代はこう続けている。

雄一は何をしているか分からなかったが、女は近くの芝居小屋の茶汲み女だと言うことであった(『生きて行く私』)。

弟の連れ合いとして訪ねてきた元妻が、元夫の職業を「分からない」と書いているのである。

茶汲み女とは、芝居小屋の「お茶子」、つまり客に茶や弁当、菓子を運ぶ接客係のことだ。要するに、“女”の稼ぎで暮らしていたということだろう。ヒモのようなものである。

名も記されない“女”は、ちゃきちゃきの江戸っ子

ところが、この名も記されない“女”に対する千代の印象は、意外なほど良い。

女も、腰巻一つであった。そのまま、挨拶もせずに下へ下りて行ったが、それは私たちを歓待するためであった。やがて、海苔巻を皿一ぱいにのせて、上って来たからであった。「此奴は、ちゃきちゃきの江戸っ子でね」と雄一が言った。これが私たちの見た、江戸っ子の第一号であった(『生きて行く私』)。

腰巻一つである。

昼過ぎに、寝起きの格好のまま、無言で階段を下りていく。客を放り出して逃げたのかと思いきや、戻ってきた手には海苔巻の大皿があった。どこから調達したのかは書かれていないが、このもてなしの速さは見事というほかない。いや、もしかして「明日、弟が来る」と聞いて準備していたのか?

千代が上京して最初に出会った江戸っ子は、腰巻一つで海苔巻を出す、ヒモのような男性の同居人だった。東京という街の第一印象としては、かなり濃い。

そして、気まずい空気が皆無だったのは、“女”が江戸っ子だったからだけではないだろう。