「魔がさした」1週間続けて食べた鰻弁当

レンコンの煮物は美味い。筆者も好物である。しかし、一日三食それを続けられるのは、もはや才能だ。しかも、それすら買えないときはどうするか……弁当は持たずに出勤である。

そして、こんな無茶な粗食を続けていれば当然反動が来る‼

そんな時の或る日、お昼のお弁当の時間に、私はとんでもないことをして了(しま)つたんです。一食四十銭もする鰻の蒲焼弁当を、ついふらふらと注文して、何といふことでせう、ぺろつと食べて了(しま)つたんですよ。(中略)きっと魔がさしたといふんですね。ええ、私はその日一日だけではなく、もう立て続けに、1週間も続けてその鰻を食べて了(しま)つたんですもの(『私のお化粧人生史』)。

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なんてことだ! 「了(しま)つたんです」とは‼ しかも、貧乏の反動で、やけ食いしちゃうのはわかるけれども、それを1週間も続けるなんて……。果たして忠には黙っていたのかどうなのか、これは浮気なんかよりもよっぽど罪が重い裏切りではないか‼

しかし、後年の回想のためか、このエピソード「ついふらふらと」「魔がさした」「ぺろつと」「立て続けに」「了(しま)ったんです」と、鰻の話のはずだが、なんだか妙に艶っぽい。誘惑に抗いきれなかった者の告白といった風情がある。読者には蛇足かもしれないが「しまったんです」とは、昭和後期に知られた宇能鴻一郎を彷彿とさせる官能的な文体。なるほど、千代の魅力とは、この食べ物の話でも隠せない官能性かと納得する一文である。

“貧乏”でも美意識を忘れない

しかも、当然財布の金は危機に陥るわけだから、春日町から神田、鎌倉河岸を歩いて大手町まで徒歩出勤していたとも書いている(『私のお化粧人生史』)。毎日、徒歩通勤になってでも抗えない鰻弁当とは、いかほどのものかと想像力が尽きない。

さらに、そんな生活にあっても千代は美意識を忘れない。

髪結いの二階に下宿しているのを幸いに、毎週日曜日には15銭かけて髪を結っていた。