『GTO』(1998)のナナコ役で知られる俳優・歌手の希良梨さん(46)は、ブレイク中の2000年、ひっそりと日本の芸能界を去った。当時は伏せていたが、休業のきっかけは「子宮頸がん」だった。その後、世界各地を拠点にしながら台湾で国際結婚・出産・離婚を経験。そして2024年、日本に一時帰国した際、子宮頸がんが骨盤リンパ節に転移していることがわかり、抗がん剤治療を経験した。
「生きることを諦めていた」という壮絶な闘病生活から、新たな道を踏み出した希良梨さんに話を聞いた。
――2024年から2025年にかけて子宮頸がんの治療されていたということですが、発覚の経緯は?
希良梨さん(以降、希良梨) 23年からメキシコに住んでいたんですけど、24年に入ったあたりから喘息症状が2カ月くらい続いてしんどかったので、一旦帰国していたんです。
そうしたら今度は夜用のナプキンでも足りないくらい大量の不正出血があり、小さな婦人科にかかりました。その数日後、院長先生から「大至急、病院に来てください」と電話がきまして。
私、20歳の時にも子宮頸がんで手術をしているんです。
20歳で円錐切除術、その後には流産も経験
――人気絶頂だった2000年ですね。
希良梨 20歳の時は円錐切除術をして事なきを得たんですけど、当時も突然病院から電話がかかってきて。
その時は台湾渡航の直前だったんですが、今回は京都旅行の新幹線に乗る直前。シチュエーションも似すぎていて、「またか」とフラッシュバックしました。
――20歳での罹患以降、経過観察もされていたのでしょうか。
希良梨 そうですね。実は妊娠中にも子宮頸部異形成が指摘されたんですが、その時は軽度だったこともあり、様子見になっていました。
――20歳で一度、子宮頸がんの手術を受けられている中での妊娠・出産ということで、影響はなかったですか。
希良梨 影響はありました。子宮頸管の一部を切除すると早産や流産になりやすいと言われているんですが、私も流産を経験しています。
そうした悲しい経験を経て、やっと待望の子どもが持てたわけですが、その後は子育てに奔走していたこともあり、自分のケアを後回ししがちになっていましたね。

