「子宮を摘出する」と言われ、手術が終わってみると…
――今回の子宮頸がんについて、医師からはどういった説明が?
希良梨 子宮頸がんが進行しているため、子宮を摘出する方向で話がありました。不正出血はあったものの、薬を飲んだらすぐ落ち着いたこともあり、「今回も円錐切除術くらいで終われるよね」と軽くとらえていたので、パニック状態ですよね。
そこから猛スピードで検査を進めてもらって、あっという間に手術になりました。
――術後、どんな気持ちで目覚めましたか。
希良梨 7時間の大手術の後、2日間眠り続けて目覚めたら、先生たちのおかげで子宮を温存してもらえたことがわかったんです。
それでホッとした気持ちで診察室に行ったんですけど、主治医は悲しい顔をしていて。
――悲しい顔。
希良梨 私はいつも先生の顔をじっと見ているので、ふだんと違うとすぐわかるんです。「手術の結果、骨盤リンパ節への転移がわかり、ステージ3でした。抗がん剤治療が必要です」と告知を受けました。
――当初の想定よりもがんが広がっていたと。
希良梨 子宮頸がんの手術は20歳の時も経験していたのでまだなんとか踏ん張れたんですけど、「抗がん剤」と聞いて頭が真っ白になり、診察室の外に聞こえるくらいの大声でわんわん泣きました。
一緒に告知を聞いていた母が、「あなたの今の状態には抗がん剤が必要なんだよ。それで命が助かるんだよ」と冷静に言い聞かせてくれたことで、「やります」と答えることができたんです。
抗がん剤6クールは「全身に爆弾を受けた」ような苦しみ
――抗がん剤治療はどんなスケジュールで行ったんですか。
希良梨 4泊5日の入院で抗がん剤を投与しました。そこから家に戻って2週間休薬してまた入院、という流れを6クールやったんですけど、しんどいのはむしろ休薬期間の方でしたね。
――自宅に戻った後の休薬期間に副作用が強く出て。
希良梨 天と地が逆さまになるような感覚で、まともに歩けないんです。痛みもむくみもあるし、全身がしびれで麻痺しているような状態っていうか。
失礼な言い方ですが、“化学治療”というより全身に“化学爆弾”を受けたような苦しみでした。
――抗がん剤治療中は生活もままならなかったのでは。
希良梨 食事とかトイレ以外はずっと寝てるしかなかったので、リビングで寝られるようにソファベッドに買い替え、そこで食べて寝ての生活でした。
ただ、ありがたいことに母がつきっきりで看病してくれたので、母が作った料理をひたすら食べて寝ていることが出来たんです。

