――会社員とかアルバイトとか、そういうことですか?

希良梨 あ、でもバイトはあります。子育て中に日本に一時帰国してたんですけど、保育園に行かせるために中華街でバイトしてました。お客さんに何度かバレましたけど、「そうです、希良梨です」って言って普通に働いてました。

――日本語以外だと、中国語が一番話しやすい?

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希良梨 中国語は20年以上使っているので、もう母国語に近い感じです。抗がん剤治療でしんどくてうなされている時とかも、自然と中国語が出てました。

――今、活動の拠点は群馬と東京ということですが、今後も海外での活動を視野に入れている?

 

希良梨 もう海外はじゅうぶん堪能したので、むしろこれからは日本に目を向けたくて。

 東京のコンクリートジャングル育ちということもあり、今拠点にしている群馬の自然の素晴らしさに圧倒されています。人もみんな優しいし、日本のいい部分を改めて学んでいる最中なので、そこも発信していきたいですね。

――群馬で好きな過ごし方は?

希良梨 田んぼを見ながらドライブして、「ちょうはん」でご飯を食べることですね。

――「ちょうはん」?

希良梨 群馬で有名な焼肉チェーンの「朝鮮飯店」のことです。内装も素敵でいいんですよ。意外かもしれないですけど、群馬はお蕎麦もおいしいし、もちろん「水沢うどん」も最高です。

人生を大きく変えた母の一言

――昨年治療を終えたということですが、抗がん剤の副作用はいかがですか。

希良梨 今は治まりましたが、しばらくはむくみやしびれがありました。闘病中の1年間は自分と向き合えなかったつらさがありましたが、厳しい経験をしたからこそ、同じようにしんどい治療をされている方や、弱い立場の方に寄り添うような人生を歩んでいきたいと思えるようになりました。

 

 本当にしんどかった時、母から、「がんと共存して生きていくのはどう?」って言われたんです。一応完治はしましたけど、これからは病などに苦しむ人たちのお役に立てるような自分になりたいなって思っています。

次の記事に続く 「当時からカッコよかったけど、恋愛とかは…」希良梨(46)が語る、初代「GTO」のキャストたちが30年経っても関係が続くほど仲良くなれた理由と“意外なキーマン”

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