「探偵!ナイトスクープ」初代局長をはじめとする司会業と、深い知識に裏打ちされた舌鋒鋭い話芸で一時代を築いた上岡龍太郎(1942~2023)。「恩人」と慕うトミーズ雅が在りし日を振り返る。現在発売中の月刊文藝春秋11月号「特集 美しき日本人50」から一部紹介します。
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何から話せばいいんやろ。上岡さんはおもろいだけでなく、言葉のセンスのある人やった。自己紹介のとき「芸は一流、人気は二流、ギャラは三流。私が、上岡龍太郎です」って言う。「私は」やなくて「私が」なんです。「は」と「が」じゃ、ぜんぜんニュアンスが違う。
発想と生き様も独特やった。1円玉を落っことしたときがあったんですけど、拾わへんのです。「1円を拾うエネルギーは1円以上やから」って。意味わからん。それから一緒におるとき、八卦見のおっさんがいて、上岡さんが「私の未来が見えるんですか?」と聞いて、おっさんが「はい」と言ったあと、頭の上を思いっきりハタきはった。びっくりしたわ。「なぜ(未来が見えるのに)避けないんですか?」って。おっさんも呆気にとられてたもん。
僕は人間としての生き様を上岡さんとやしきたかじんさんに教わった。でも2人はぜんぜんちゃうかったな。上岡さんはハッタリは言わん人。強い人やから。あの人は仮に反社の人に脅されても、自分に非がなかったらビビらんと思う。たかじんさんは逆。弱いから、ハッタリで生きているところがあった。
上岡さんは、僕の大恩人でもあるんです。トミーズがデビューして、5、6年経った頃かな、天狗になっとって干されたことがある。そこで「トミーズ十番勝負」いう漫才ライブを3年かけて計35回やり続けた。そうしたら、世間の見る目が少しずつ変わってきて。その時、一番最初に引き上げてくれたのが上岡さんやった。
当時、上岡さんがMCを担当していた『EXテレビ』(読売テレビ)に呼んでくれて。25分のネタを2本、やらせてくれたんです。無名の僕らを、全国ネットで「今、日本で一番おもしろい漫才師です」って紹介してくれた。
あそこから仕事の流れが変わって、今も、こうやってご飯を食べられてる。でも、その後「俺のお陰で」みたいなことは一切、言われたことがない。カッコええ人なんですよ。20世紀中に芸能界を引退するって、2000年でスパッと辞めはったのも、ほんま、あの人らしい。
「あの人、絶対にかまへん」
しゃべりに関しては、あの人は特異な能力の持ち主やった。ラジオでハガキの内容を読み上げつつ、手は別の作業をしている。1度見たら写真みたいにカシャッと内容を脳に記録できるらしいです。あの人、絶対にかまへんでしょう? あの能力と関係があるんやと思いますよ。
2007年、漫画トリオを組んでいた横山ノックさんが亡くなったとき、上岡さんが弔辞を読みはった。「ノックさん……」って何度も呼びかけながら。あれくらい暗記するのは、わけないんやと思います。実際に聞いていたけど感動したな。芸人の松村(邦洋)があれをそっくりに出来るんよ。だから、今でも頼むことがある。そのたびにまた感動しちゃうもんなぁ。
(取材・執筆協力:中村計)
※約1800字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年11月号に掲載されています(トミーズ雅「上岡龍太郎 カッコええ人 美しき日本人50」)。
この他にも、「大物芸人」に関する記事を多数掲載。
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