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中島 日本でも、本を精神的な支えにした兵士は確かにいたんです。以前、岩波書店の創業者、岩波茂雄についての伝記を書くために資料を探していたら、兵士たちが茂雄に宛てた手紙がたくさん見つかった。彼らは岩波文庫を持って戦地に赴き、自分が今そこで戦っている意味づけを本、特に哲学書に求めました。私はいま理系の大学にいますが、学生に「理系の専門課程で習う知識は、戦場のような非常時には何の役にも立たない。逆にそこでは、一編のゲーテの詩が生命の支えになったりする」と話しています。

片山 特に昭和18年に始まった「学徒出陣」以降は岩波文庫を携えるイメージがありますね。

中島 行間にびっしりと感情の詰まった日誌が書き込まれた岩波文庫も、保存されていました。死と哲学とは結びつきやすいと思うのですが、一方、兵隊文庫では『ブルックリン横町』など牧歌的で生き生きとした人物描写に富む本も人気が高かったというところにリアリティを感じました。

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片山 本書の巻末に兵隊文庫のリストがあります。発足当初は、ヒトラーと戦うための思想的武装が重視され、民主主義讃美の本など、堅めのものが多く選ばれています。軍隊がアメリカの自由と民主の精神の教育の場にもされるんですね。でも徐々に娯楽小説が増えていく。戦争が過酷になればなるほど息抜きが大切になる。

 日本でも敗戦間際になると真面目な戦意昂揚映画は不人気で、『乙女のゐる基地』なんて映画が出来てしまう。やっぱり軍隊を駆動させる最終装置は乙女です(笑)。

トランプは焚書を行なうか?

山内 「1933年5月10日、ベルリンには霧雨が降っていた」で始まる第1章は、ヒトラーによる焚書の様子が中心です。なぜこのシーンから始まるのかと思っていたら、最後は「アメリカ軍に供給された書籍の数は、ヒトラーが葬り去った書籍の数よりも多い」と結ばれている。どうだ、アメリカはすごいだろう? という書き方がやや鼻にはつきますが(笑)、書物の力を信じたアメリカは強かったと、この本を読むと納得せざるを得ません。

中島 以前、ハーバード大学の図書館で、米軍が接収した鶴見俊輔さんの蔵書を何冊か見つけたことがあります。ハーバードにはアナーキストが多かったので、鶴見さんも関係を疑われた。そして、第二次大戦後のアメリカは、マッカーシズムによる反知性主義の流れの中で、焚書に似たような統制が加速していくんですね。本書にある「本は思想戦」という考え方の先に、実は正反対に見えるマッカーシズムがあるのかもしれません。

山内 その結びつきはおもしろいですね。いまは大統領候補のトランプが、テロを受けてムスリムや中南米系の移民を追い出すなどとよく口にしていますが、さすがに焚書までは言っていない(笑)。むしろ、トランプはそこまで本の力を理解していない可能性もありますね。

戦地の図書館 (海を越えた一億四千万冊)

モリー・グプティル・マニング(著),松尾 恭子(翻訳)

東京創元社
2016年5月30日 発売

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