叔母はその場で死亡が確認され、祖父母はそれぞれ搬送先の病院で死亡が確認された。
3人の傷はいずれも、極めて強い力で肺や心臓などの臓器にまで達していた。

逃走中の手記 被告の思い

遺留品の捜索をする捜査員・静岡県菊川市 2024年7月

3人を殺害したあと、被告は現場から逃走した。近くの川に携帯電話も捨てて、当初の計画通り、鳥取県鳥取市を目指した。被告は逃走中、別のスマートフォンを用意していてメモ機能に日記を残していた。事件直後には、「計画が失敗した。まさか叔母が母を呼びつけるとは、通報されちまった」「別の携帯とアカウントを用意していてよかった」と記している。犯行現場から菊川市内の山に移動した被告はそこでリュックサックなどを捨てた。山中では「竹からは水滴一滴しかでない、精神が屈服しても魂が立ち上がった。夜になったら行動しよう、おいおいウソだろ、ヘリが来やがった暇なのかよクソ公務員」などと記していた。

へリコプターが去り、日が沈むと、被告は菊川市内のホテルに向かい宿泊した。ニュースで自ら犯した事件を知ると「人殺しは別に楽しくなかった」「オリンピックの裏に流れる暗いニュースの主だ」「捕まったら最後、死を奪われる」殺人については、「あ、こんなもんか、意外と何回さしても生きていたししぶといんだね」こう記していた。

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翌日、被告は新幹線などを乗り継ぎ、鳥取市まで移動。「休んだ、あとは自殺すれば終わりだ」「自分の勇気を命をもって証明するのだ、そうすることで私は私を愛することができる」などと記していた。

 

被告は鳥取市内の海岸で腹部をナイフで突き、自殺を図ろうとするが未遂に終わった。その後、ラブホテルに宿泊。フロントにカツカレー、ピラフ、ミックスピザを注文した。ホテルに滞在していた被告を警察官が発見し逮捕した。

判決は12月4日予定

裁判は計7回を予定している。被告の責任能力は認められるのか、判決は12月4日に言い渡される予定だ。

(テレビ静岡)

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