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「Tシャツと短パンに着替えて寝転がってください」

―― あわよくば部屋の中も撮らせてもらおうという感じだったんですか。

杉村 撮っていました。あまりにもオシャレで、おもしろくない。最初、僕は取材が来るからって背広をちゃんと着ていたんです。ネクタイして待っていたら、それじゃあ画にならないな……って。「普段、どんな格好しているんですか」って聞かれて、「Tシャツと短パンです」と言ったら、「じゃ、その格好に着替えてください」って着替えて。普段通りの姿を見せてもらえますかと言うから、ここで寝転がってテレビ見てますと。そうしたらその通り撮影されて……言われた通りやっていたらああなったという。

―― その時にいわゆる「早く料亭に行きたい」「BMWに乗りたい」発言を? 

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杉村 そうそう。そのときに言ったんですよ。

 

―― バッシングを受けたときには、どう思われましたか。

杉村 どうしようにも……しょうがなくないですか。大学中退して清掃員からスタートして、証券会社に入って。それで国会議員にさせてもらって、そんな不満をたれるわけにいかない。

 ただ、すごくありがたいなと思うのは、当時、テレビ、週刊誌もずいぶん批判がありましたけど、今ではその批判をされたテレビ局や週刊誌の方から、お金を払って出演してください、話を聞かせてくださいと言われるんです。立場が変わればずいぶんと変わる(笑)。でね、僕は当時、一度も反論もしていないし、抗議もしていない。ましてや裁判にも訴えていないんです。どうぞ、自由にやってくださいと。それが今にこうしてつながっているという気がしますね。

当選して2週間で――伝説の謝罪会見

―― 議員になって2週間後ぐらいに謝罪会見をされました。

杉村 そうそう。

当選からわずか2週間で開かれた「伝説の記者会見」 ©共同通信社

―― そのときはどういう心境だったんでしょう。

杉村 あまりにもね、謝らなきゃ話にならんみたいな状況になったのでね。伝説の謝罪会見ということになっていますけど(笑)。当選2週間で謝罪会見って、僕だけですからね。しかもその2カ月後には、私は自民党立党50周年記念大会で50年宣言をやっているんです。当時、最年少。不思議なものですよ。立党100年のときにも、私は生きているだろうから、ぜひ招待してほしいとよく言っているんですけど(笑)。

―― 議員になったとき、歯科医のお父さんは何か言っていました?

杉村 驚いていました。立候補するなんて言っていなかったので。せっかく会社に入ってね……。じつは会社には休暇願を出していたんです。必ず落選だと思ってたから、投票日の翌日には戻ってくると言って。そしたら当選した。