昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

“失言の国会議員”杉村太蔵を救った飯島愛の「もういいじゃん」

薄口政治評論家・杉村太蔵さんインタビュー#2

「誰でも言えることをこんな大声で言うのはあなたしかいない」

―― その後、2010年の選挙で落選されます。そのときはどんな生活だったんでしょうか。

杉村 文字通り無職。僕の人生で一番きつい時期でしたよね。大学中退して仕事がない頃もきつかったですけど、落選して女房子供を抱えて無職というのはもっときつかったですね。そのときにたまたま電話をいただいたのが『サンジャポ(サンデー・ジャポン)』のスタッフで、一度出てみませんかと。そしたら、たまたまその年の最高視聴率が出てたんです。

2010年の参議院選で「たちあがれ日本」から出馬するも落選 ©共同通信社

―― ああ、そうだったんですか!

杉村 今でも覚えているんですけど、玉置浩二さんと青田典子さんの再婚についてコメントして。番組が終わった後、スタッフが来て、「良かった、良かった」「ぜひ来週も来てくれ」と。何が良かったかと訊くと、「あの薄さがいい」と言うんですよ。「あんな誰でも言えることをこんな大声で言うのはあなたしかいない」って(笑)。そのうち違うテレビ局からも声がかかってくるようになって。だから人間、誰が何を評価してくれるのかわからないなと思いました、ホントに。

飯島愛さんの「もういいじゃん」で本当に救われた!

―― 最初、オファーが来たときはどう思われたんですか。

杉村 いや、もうかなり周囲に相談しました。当時はやっぱりそうは言っても元国会議員が、ああいうバラエティ番組とか、情報番組に出演するというケースがなかったですからね。それがいいのか、許されることなのか、どうなのかわからない。迷いもあったんです。もっと言うと恥ずかしいというか。ただ、家内に話したら、ぜひ出たほうがいい。あなたにピッタリだと。それで出させていただいたのが2010年の9月。もうあれから8年経ちましたね。

 

―― 『サンジャポ』はそれまで見たことがあったんですか。

杉村 それがね、あったんですよ! 僕がなんで『サンジャポ』がいいなと思ったか……。今でも自分がコメンテーターとして常に心に留めていることがあって。議員時代、マスコミから批判が殺到した。いろんなコメンテーターもやっぱり怒ってる。そんな時に、『サンジャポ』だけが! 基本的に批判されているのが分かっているから、そういう番組はあんまり見ていなかったんです。でも、たまたま『サンジャポ』をつけたら僕のことを扱っているコーナーになって、さんざんみんなが怒っていた中で唯一、飯島愛さんが一人、「もういいじゃん。そんなに叩かなくても」と。こう言ってくれたんですよ! 今でも覚えているんです。飯島愛さんが、「もういいじゃん」と言ってくれた。たまたま見ていたときに、僕はもう本当にあの言葉で救われた!