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返しにくいのは「横回転」ではない?

 卓球選手は、物理的に可能なほとんどの回転を操るが(唯一不可能なのが回転軸が完全に進行方向と一致する「ジャイロ回転」だ)、カットマンが主に使うのは、相手が打ったときに下に落ちる「下回転」すなわち「カット」だ。よく意地の悪い卓球経験者が未経験者に出して驚かせるのは、打つと横に跳ね返る「横回転」だが、卓球選手にとって脅威なのは、左右ではなく上下方向の回転だ。狙うべき的の幅が、左右よりも上下の方がはるかに狭いからだ。左右は卓球台の幅に入れればよいのに対して、上下はネットの上空20センチほどの範囲を通さなければ、相手に打ち込まれてしまう。速いボールを入れようとすればこの的はさらに狭くなる。だから、相手のボールの回転に関しては、上下成分がどれくらいあるのかが卓球選手の最大の関心事なのだ。

打ち返すためには、どうすれば?

 トップ選手のカットの回転量は毎秒137回にもなる(NHK『アインシュタインの眼』での渋谷浩選手)。これだけの回転量のカットを普通に打つと、ボールはネットにかかるどころか、台にさえ乗らずに足元に落ちる。これを打ち返すためには、ラケットの角度を思い切り上に向けるか、ラケットを激しく上に振り上げるか、またはその両方が必要である。そこに無回転のボールが来たらどうなるか。ボールは天井めがけて飛んで行ってしまうのだ。このような原理で、回転量の差で相手にミスをさせたり、高いボールを打たせて狙い打つのがカットマンなのだ。

 カットマンは相手に回転量を悟られないようにあらゆる工夫を凝らす。ラケットの両面に摩擦係数の違うラバーを貼ってラリー中にラケットを反転し(ラバーが同色だとまったく返球できないのでルールで赤と黒に決められている)、スイングでインパクトの瞬間をカムフラージュし、ときには足音を鳴らして打球音を消したり卓球台より下の、相手から見えないところで打ったりもする。思惑通り相手がひっかかったときの快感は想像に難くない。

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バック面(黒い方)に回転量の少ない「表ソフトラバー」を貼る石垣優香(日本生命レッドエルフ) ©AFLO

カットマンはエネルギーの消耗が少ない?

 こうした「罠」をしかけながらも、自らのリスクは徹底的に低く抑えて、高くて遅いボールを返し続ける。高くて遅いことがカットマンの安全を保証する。当然、回転を見抜かれれば攻撃されるボールだ。だから攻撃されることを前提に台から離れて構え、相手がミスをするか疲れて打ちあぐむまで何十球でも返し続ける。スイングの方向は重力に逆らわない上から下だから、振り上げる攻撃選手よりエネルギーの消耗は少ない。

 まるで、持久戦の寝技に持ち込もうと最初から寝そべって構えている格闘家のようなものだ。これがどれほど厄介な相手かわかるだろう。