前回、「14年前、誰が『自己責任論』を言い始めたのか? 『イラク3邦人人質』記事を読み直す」を書いた。多くの方に読んでいただいたが、私としては「新聞は時として推理小説にもなる」という新聞の楽しみ方を実践した回でもあった。
自己責任論はどう拡がっていったか、政治家では誰が言いだしたか? 当時の紙面を読みなおす作業はドキドキした。
政治家が放った「自己責任論」が、2018年に復活
その結果、小池百合子氏が口火をきり、閣僚達や自民党幹部(安倍晋三幹事長)がバトンを受け、満を持して小泉純一郎首相が人質になった3人(被害者)を批判した流れだったことがわかった。
こうなるともう人質3人は国家を敵に回した悪人のよう。
世の人々も政治家のお墨付きがあるのだから、そりゃバッシングに遠慮もいらないだろう。政治家がバックにいる気分はよかっただろう。あのときの「成功体験」が今回の安田氏への自己責任論にも続いているのだと感じた。
実は前回書き足らなかった部分があった。それは「2004年の安田純平」である。安田氏が前回拘束されたのも2004年のこの時期なのだ。
14年前の「安田さん報道」はどんなものだったのか?
批判の矛先は拘束された人の家族にも向けられていたのだが、当時の安田氏の記事はその検証例として絶好だった。
まず、高遠菜穂子さん(ボランティア)、今井紀明さん(フリーライター)、郡山総一郎さん(カメラマン)の3名の人質の動向が注目されるなか、さらに次のニュースが飛び込んできた。
「日本人2人拘束強まる」(毎日新聞夕刊 2004年4月15日)
「また邦人か 混乱の夜」(読売新聞夕刊 同)
拘束された1人は「安田純平さん」と書かれている。