昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集観る将棋、読む将棋

勝負の質がこの1~2年で明らかに上がっている

―― 最近のAIを用いた研究についてはどうご覧になっていますか。

 いたって自然なことだと思います。でも、先日、同世代の谷川浩司先生のような強い方が「まったく使ってない」と言い切られ、清々しい印象を覚えました。自分の場合は使えば多少効果があるにしても、棋士生活の晩年を迎えている現在、今さら参戦は難しいですね(笑)。

 現実的に若い人たちはこれから何十年も、ソフトの結論をある程度暗記しつつ、時に狭い部分で戦っていかなければならないので、棋士生活の過酷さが増したなとつくづく思いますね。勝たなければいけないのが棋士の世界ですから、AIでいい影響が出ているなら、素晴らしいことだと素直に感じます。それがどのくらい長く効果が出るのか、どう差をつけるか、その2次的なところがすべてでしょうね。

 最後の人間的なところ、将棋はそこが面白いですね。だから、そういった意味では、AIもそうですが、藤井聡太さんの出現で、若い世代をはじめ多くの棋士が危機感を覚えて、好局が増えた気がします。タイトル戦の内容とスコアも伯仲しています。プロの世界の勝負の質自体がこの1~2年で明らかに上がっていますね。それは本当に技術革新の結果、棋士の層が厚くなったということなのでしょうね。

 

感想戦は局面の本質に近づきたいという探究心

―― 若い世代からは、羽生さんの世代の感想戦についても聞かれたそうですね。お互いの読み筋を披露する感想戦は、よその世界から見ると非常に不思議な習慣です。

 思考内容を相手に知らせるわけですからね。確かに珍しいかもしれないです。

―― また対局する可能性のある相手に対して、どこまで手の内を明かしてしまうものでしょうか。

 基本的には羽生さんの世代は、どんどん意見を交換して、真実に近づこうというスタンスですね。勝ちにこだわって手の内を明かさないと、短期的な勝利は得やすいかもしれないですが、その先が難しいと予見されていたのでしょう。それから、そのスタイルがいまの若い世代に継続していったと考えています。

 羽生さんは、将棋に勝っても負けても変わらない。終わった後には勝ち負けにさほど興味がなさそうなのが特徴です。感想戦は探求心への問いというのが大きな要素じゃないかなと思います。だから、感想戦は決してサービスではなくて、勝負の色とは少し離れて、局面の本質に近づきたいという素直な気持ちの発露と考えていました。羽生・佐藤のタイトル戦だと、感想戦は2時間では終わらなかったですね。

 

―― お二人ともかなり感想戦は熱心にやられるタイプですか。

 そうですね。熱心な上にそこでも反射的に読んでしまいますから。研究会では午前中に練習将棋を1局やり、その後に検討するので、気が付いたらお昼ごはんが午後2時ぐらいまでずれ込むことがよくあって、いつも感服しておりました。

 研究会は将来のタイトル戦を映す鏡だと思っていました。それだけは実に正確な読み筋でしたね。時がたち、背景と舞台が変わっただけで、真剣な雰囲気は何も変わっていません。クローズされた研究会でしたけど、至福の時間でしたね。

 3人で考えている時は、迂闊に言葉を発することができません。タイトル戦の感想戦でも対局者が考えたら空気が止まります。そういう意味では貴重な空間ですね。先日の竜王戦第1局でも、感想戦までお客様に拝見いただきましたが、けっこう局面が止まることに驚かれたと思います。手が交錯するような感想戦もあれば、考え込んで動かない感想戦もあります。