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ターニングポイントになった、ある仕事のこと

――今井さんが制作を続けてきた中で、何かターニングポイントはありましたか?

『宿題の絵日記帳』原画より

今井 それはたぶん『曾根崎心中』(角田光代、リトルモア)ですかね。装丁家の鈴木成一さんから依頼を受けて、徳兵衛とお初を描きました。

――普段の制作とは別に、仕事として依頼を受けて。

今井 はい。それまで私、人と上手くコミュニケーションを取れないと思ったから「手に職をつけて絵を描いていく」という思いをずっと持っていたんです。でもやっぱり『曾根崎心中』をきっかけに、誰かから頼まれて、こういう仕事をしてほしいと言われて、絵を描くことも始まりました。もうすでに、コミュニケーションは始まっている訳ですよね。

「ああ、コミュニケーションができないから、絵一本で生きていこうと思っていたのに、こうやって私の絵を必要としてくれる人がいるんだな」ということに、すごく嬉しさを感じたんです。ありがたいと思いました。

――徳兵衛とお初は何をモデルにしたんでしょうか?

今井 私、油絵をずっと洋画で描いていたものだから、最初戸惑ったんです。モデルになる写真も何もないし、イラストレーターの経験もなくて困ってしまって。とりあえず本を読ませていただいて、徳兵衛のイメージは市川海老蔵さんだなと思って。

 

――具体的なモデルのイメージを自分で見つけたんですね。

今井 海老蔵さんが歌舞伎で演じていた、好色な助六が近いな、と思ったんです。お初も同じように女優さんのモデルを思い描いて。この時、徳兵衛は一発OKをもらったんですが、お初はなかなか。

 やっとOKをいただいたお初を描けて、できあがったばかりの乾いていない絵をイーゼルに置いたまま、リビングでビールを飲んだんですよ。めったにビールなんて飲まないのに、その時は嬉しくて。すると、すごく空気が静かで、嫌な予感がして。絵の前に戻ると、その当時1歳になるかならないかくらいの1番上の子供が、私のアトリエで出来上がったばかりの絵をハケで塗りつぶしていたんです。

――そんな……。

今井 地獄のようで(笑)。そこから2点描き足して、もう何枚描いたのかわからないくらいです。結局、6点くらいボツになったので、代官山の美容院で『曾根崎心中』のボツメドレーという展覧会をやりました(笑)。色々な意味で、思い出深い仕事でした。

 

――自分の制作と、依頼を受けて描くことは、やはり違うものですか。

今井 全然違いますね。オーダーが入ると、どこまで自分の作品として主張できるのか、相手側のオーダーを聞いているうちに、いつの間にかイラストレーターになってしまうんじゃないかと思ったこともあります。最初、葛藤はあったけど、やっぱり人と関わることができるのは、嬉しいです。いざ仕事が始まると、すごく楽しいんですよ。現場にアートディレクターさんがいて、デザイナーさんがいて、編集者さんがいて。色々な役割の仕事の人がいる。関わることによって、お付き合いも広がるし、仕事の可能性も広がる。「私はここからここまでしかできない」と思い込んでいたのが、ちょっと広がっていたりもするし、新しいモチーフが見つかることもあります。

 画家という肩書きにとらわれると、何かとセーブしてしまいがちですが、ちょっと勇気を出して人と関わっていくと、広がることの方が多いと信じてやっていますよ。いいことの方が多いと思っています。

――今は、3人のお子さんの子育てをしながら制作を続けられていますね。

今井 仕事と子育ての両立は、大変です。子供3人なので、さすがに。制作に集中してしまうと子供たちの用事をすっかり忘れる事が多くて……。全く頼りにならない親です。でもなんとか大丈夫(笑)。子供たちはすぐに大きくなるし、社会人になった子供たちとの交流が楽しみ。願いは、絵描きになってほしくないということなんですけどね。

――そうなんですか?

今井 夫も画家だし私の父も画家、夫の父も画家なんですよ。親戚も美大出身の人ばかりで、もう美大ファミリーなんです。この不思議な伝統を、打ち切りたいです(笑)。違う道に進んでほしいなと勝手に思っています。

――両立のコツはありますか。

『see you again 』38×45.5cm Oil on canvas 2018 ©Baci

今井 私は、切り替えが早いので、子供たちが保育園と小学校に行っている間に絵を描く。帰ってきたら絵はテキパキ片付けてしまって描かない、という風にきっちり分けて、切り替えています。

――これから、今井さんがやってみたいことを教えてください。

今井 今は、「どんなところで展示していくか」ということを考えるようになってきていますね。作品の発表の仕方もよく考えていかなければいけない時期にさしかかっているように思うんです。美術館とかパブリックな空間でも展示をやってみたいですし、これから画家として制作を通して頑張っていきたいですね。

写真=末永裕樹/文藝春秋

いまい・うらら/1982年神奈川県生まれ。画家。2009年多摩美術大学大学院美術研究科博士課程を満期退学。2012年、シェル美術賞で本江邦夫審査員奨励賞を受賞。「虎屋」の広告や、装丁などにも作品が起用されている。

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