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家のベランダで発酵させた口噛み酒の味

高野 昔は処女しかできなかったというのも、若い健康な人のほうが病気が少ないという意味あいもあったんでしょう。で、発酵するのに数日かかるからタッパーに入れて日本に持って帰ってきたんですよ。しばらく家のベランダで栽培して、日中は日なたに出して夜は冷蔵庫に入れたりしていたら、だんだん匂いが酸っぱい感じに変わってきて。でも、それがいい変化なのかヤバイ変化なのかもわからない。正解を知らないから。そもそも試飲の仕方がよくわからないし、そこでジャッジしてくれる人として再び関野さんをお呼びして、飲んでもらったんです。

早稲田探検部の先輩・関野吉晴さん ©高野秀行

川内 関野さん、すごく喜んでる!

高野 こんな適当で、気圧や温度管理もデタラメなやり方だったのに、なんと正解だった。関野さん「懐かしい!」ってすごい喜んでて、ビックリしましたね。ヨーグルトドリンクみたいな、韓国のマッコリの薄いような味。関野さんによると、現地の人たちはこれをカヌーに作って、ひと晩、ふた晩かけてあるだけ飲むそうです。

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川内 前に南米に行ったとき、パナマのクナ族っていう先住民が住んでる島に着いたらちょうど祭りの日で、デカい樽にいっぱいお酒作ってて、みんなで踊りながらそれをひしゃくに汲んでひと晩ずっと飲み続けるみたいな飲み会がありましたよ。

高野 まさにそんな感じですね。

川内 どんどんいけるから、何も考えずに「お、酒だ!」みたいな感じで飲んでたけど、翌日一緒に飲んだカメラマンがぶっ倒れてた(笑)。

どぶろくをストローでチュウチュウ

高野 アルコール度数が低いからけっこう飲めちゃうんですよね。いま思い出したんだけど、ミャンマーとインドの国境近くに住んでる元首狩り族のナガは、一年じゅう納豆ばっかり食べてる人たちですが、彼らもけっこう朝から酒飲んでるんだよね、ストローでチュウチュウどぶろく吸って。要するに熱帯地域って新鮮な水がなかなか手に入らない。でも発酵していると、腐敗を起こす菌を排除してくれるから水分と栄養分を補給する意味で飲んでるんだと関野さんは言ってました。

川内 水資源に乏しいヨーロッパも似た事情がありますね。ヨーロッパは歴史的にお酒を飲める人しか生き残れなかったというか。遺伝子上、お酒が飲めない人は不衛生な水を飲まざるをえなくてどんどん淘汰されていったという説もあります。日本は水が豊富な国で、お酒が飲めない人もたくさん生き残れたんです(笑)。

高野 へー、ひとつ賢くなりました。僕らが昼酒飲んでるのも生存上の重要な意味があるっていう理論的な裏付けが今日できましたね。

川内 アハハハ。ひとつ、私が高野さんに紹介したい友人の話をしてもいいですか?

高野 どうぞどうぞ。

「私も胎盤食べました」刺身、肉野菜炒め、鍋にも

川内 この本でひときわ衝撃的なのが胎盤餃子の回ですが、私の友達で好んで胎盤を食ってる人がいるんですよ。出産するたびに胎盤を取っておいて食べてるの。3回出産したんだけど、1回目は味見程度に食べてみたら、これは美味いなと、2回目は刺身や肉野菜炒め、3回目はトマトソース煮込みにして食べたそうです。

高野 すごいですね。実は本を出してからも、ちらほら「私も胎盤食べました」ってメールやTwitterなどで連絡をくれる方がいました。僕の探検部の先輩は奥さんが出産したときに家族みんなで鍋や刺身にして食べたそうです。レバーの風味そのもので、へその緒は貝柱みたいな味だとか。

川内 友達はすごく上品な味だと言ってましたね。

生の胎盤 ©高野秀行

高野 あと、自然分娩の愛好家の人たちは基本食べるって情報をくれた人もいました。食べ方は生、刺身にして。それを聞いたときに面白いと思ったのは、中国で胎盤食べるときは餃子。つまり、もともと食べものじゃないものを口に入れるとき、とりあえず餃子にするのが自然な形なんでしょう。ところが日本人はとにかく生食が好き。新鮮だったらまずは刺身で食べてみようって。そういうところに文化の違いを感じますね。そろそろ時間なので、最後に質疑応答を少しだけ。

ヒキガエルジュースの味

参加者 高野さんへの質問ですが、召し上がって味や匂いがやっぱり気持ち悪かったものと、意外にイケたものと、どちらが多いですか? あと有緒さんは以前パリにお住まいでしたが、パリの方とか欧米人から見てグロい日本食って、なんでしょう?

高野 まず私から。一見気持ち悪そうでも食べてみると意外にそうでもないことのほうが圧倒的に多いですね。ひとつには、少しテンション上げ気味にしてるんですよ。たとえばヒキガエルジュースなんかはかなり微妙な代物ですが、我に返らないように無意識の防御反応が働いているから「美味しい!」って飲める。ただ、だんだん青臭さが出てくるんですよね。蜜とかマカとか入れて味をごまかしてるから青臭いバリウム状態。やっと終わった!と思ったら、アンドレ・ザ・ジャイアントに似たお姉さんが、「はい、これオマケ」ってまたもう1杯出してくれたときは、さすがに気持ち悪くなりましたが(笑)。

ユネスコ職員に嫌われていた日本の食材は?

川内 私がパリにいたときユネスコという国連機関の1部に勤めてたんですけど、けっこうな勢いで嫌がられてたのが海苔。あの真っ黒なのがすごい気持ち悪いものに見えるらしく、「よく食べられるね、あれってなんなの?」みたいな。あと日本茶ブームでパリの人って日本茶をたくさん飲むんですが、そこに砂糖をドバドバ入れるんです。本物を教えてあげようと思って、日本からわざわざ持ってきた最高級のお茶を同僚に飲ませたら、みんな「海藻みたいな味」「海の匂いがする」って。「砂糖を入れないとお茶が飲めない」とか言ってたのが印象的ですね。

高野 僕しばらく家でずっと中国茶飲んでた時期があって、ウーロン茶とかジャスミン茶を飲んでて、久しぶりに日本茶を飲んだら、「うわっ、生!」と思った。とても青臭いというか。

川内 発酵の過程なんですかね。日本のお茶はたしかにどこか海っぽい味なんです。

高野 ぜんぜん発酵してないんだよね。だからやっぱり日本人は生が好きなんだよね。

川内 素材をそのまま楽しむってことですね。

高野 味覚ってそれぞれの地域の固有の文化とセットになったものなんですよね。そろそろ時間なのでこのくらいにしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

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高野秀行(たかの・ひでゆき)1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部所属時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。2005年、『ワセダ三畳青春記』で酒飲み書店員大賞を受賞。2013年刊の『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。他に『西南シルクロードは密林に消える』『アヘン王国潜入記』『イスラム飲酒紀行』『謎のアジア納豆』『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(清水克行氏と共著)など著書多数。

川内有緒(かわうち・ありお)1972年、東京生まれ。ノンフィクション作家。国際連合教育科学文化機関ユネスコ勤務後、作家に。著書に『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』『晴れたら空に骨まいて』など。2013年、『バウルを探して』で新田次郎文学賞を受賞。最新刊は、本年、開高健ノンフィクション賞を受賞した『空をゆく巨人』。