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辺境ノンフィクション作家が世界の果てでやっと出会えたリアル「口噛み酒」の味

辺境ノンフィクション作家・高野秀行×ノンフィクション作家・川内有緒

note

世界イチ臭い缶詰「シュールストレミング」の試食会

高野 たまには2日酔いも役に立つんですよね(笑)。川内さんは『辺境メシ』の中に出てくる、世界で1番臭いニシンの発酵食品、シュールストレミングの試食会に参加してくれたんです。2度開催したのですが、両方ともお友達と一緒に。

川内 荒川土手の横の素敵なマンションの一角でやりましたね。

高野 昔チェンマイで一緒に仕事をしていた先生が今スウェーデンに移住していて、その方が日本にくるときお土産として持ってきてくれたんですよ。本当はシュールストレミングは危険だから飛行機に乗せちゃいけないらしいんだけど。

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川内 気圧の変化で爆発したら、もう逮捕レベルですよね(笑)。

高野 そうそう。もらってから、家のベランダに置いて1年くらい忘れてたんですよね。あるときふと見たら、缶詰がパンパンに膨らんでるの。妻が本当に恐れて「これ、あんたが外国とか行ってるあいだに爆発したらどうすんの? 警察が来るし、このマンションに住んでいられなくなる」と言うんで、慌てて試食会をやることにしたわけですね。この写真のように、使い捨ての雨合羽で完全防備して。

完全防備した高野秀行さん ©高野秀行

川内 でも、これよく見ると何かおかしいですよね。

高野 完全防備してるのに、手袋忘れてるの。

(会場大爆笑)

開けて1秒後にはもう異臭が!

高野 で、缶切りで開けるとバシャッと飛ぶから、料理用のボールに水を張って、そのなかでやったんですよね。そしたらブシュブシュブシューッてすごい勢いであぶくを吹いて。

川内 1秒後にはもう異臭が始まってましたよね。

高野 みんなワーッとか言ってどんどん遠ざかって行って。でも最後パカッと開けたらビックリしたことに、空だった。

川内 そう、何もなかった!

高野 要するに発酵が進みすぎちゃって溶けて汁となって流れ出ちゃってて。だから浦島太郎ってこんな感じだったのかなって冗談抜きで思いましたよ。ホントビックリしたね。

川内 でも臭いのインパクトは半端なかったですね。うちは娘がいるので、オムツを溜めておくと異臭を発し始めるんですが、3日ぐらい経つとこういう臭いになるのかな(笑)。

高野 人間はすごく否定的な反応が多かったけど、うちの犬を参加させてみたんですね。僕が納豆をよく食べさせてる納豆犬のマドは、好きでペロペロしているわけですよ。ちゃんと食べものとして認識してた。

お花見の罰ゲームにシュールストレミング

川内 シュールストレミングってヨーロッパだと比較的簡単に手に入るから、飲み会とかでたまに持ってくる人いるんですよ、お花見とかで。

高野 お花見に!?

川内 「開けてみる?」みたいな、ちょっと罰ゲーム的な感じで。だからちょっと懐かしかったな。

高野 1回目、食べられなかったので、今度は通販で買ってリベンジしたわけですよ。そっちのほうは開けたら発酵があまり進んでなくて臭いはたいしたことなかったね。魚もピカピカしてて、生みたいだった。

通販で買ってきたシュールストレミング ©高野秀行

川内 見た目はちょっと美味しそうでした。でも、私が1番ビックリしたのは蝿。一瞬でブワーッと、どこから来たんだっていうぐらい集まってきて。

15年ものの熟れ寿司はキラキラしてるの

高野 巨大銀蝿みたいなのが、群がってきた(笑)。食べてみたら臭いとかはそんなに気にならないんだけど、生臭さが半端ないし、あとしょっぱかったね。なんか生っぽいんですよ。

 じつは去年、中国の広西壮族自治区に行ったんですが、トン族という少数民族がいます。そこには熟れ寿司、日本の寿司の原型と言われてるものがあって、お米と一緒にデカいソウギョという魚を漬けた10年もの、20年ものの寿司があるというので、探したんです。そしたら15年ものがあるというので、地元のおじいちゃんに案内されて行ったら、納屋の片隅に昔の風呂桶みたいなのがあって、バカッと開けたらなんとシュールストレミングの臭い。ドブのようなウンコみたいな臭いですよ。そのとき「おー、なんか懐かしい!」って思って。そこからザバーッと魚を引き上げたら、いま獲れたみたいにキラキラしてるの、黄金色で。

©平松市聖/文藝春秋

川内 15年も経ってるのに、すごーい!

高野 水分が抜けてるんでふっくらはしてないんだけど、ホントにツヤツヤ光り輝いてる。なんでこの人たちが魚をそんなに何年も保存してるのか? それはやっぱりめでたいときに食べるんだそうです。発酵してるから味が美味しくなるというのもあるけど、もうひとつは、宴会のときにいつでも大きな魚が用意できるとは限らない。漬けておけばある意味いつでも美しい魚を出してきて卓に乗せることができる、そういう意味もあるんじゃないかなと思いました。