鈴木が打った攻防の角は……
「詰めろ逃れの詰めろ」
そんな将棋の専門用語がある。将棋は一手でも早く、相手玉を詰ますことができれば勝ちである。次に自分の手番が回ってくれば、相手玉を詰ますことができる状態を「詰めろ」という。
実戦では、自玉の詰みを受けつつ、さらには逆に、次に相手玉を詰みに迫る、ドラマチックな攻防手が生じることがある。それが「詰めろ逃れの詰めろ」だ。
鈴木が打った攻防の角は、まさに「詰めろ逃れの詰めろ」のように見えた。
しかし、実はそうではなかった。鈴木は相手の玉が詰まないのは承知の上で、その角を打ったのだ。
アマ大会は短期間のうちに何局も、短い持ち時間で指さなければならない。時間があれば読み切れる局面でも、30秒の秒読みでは、とっさに対応するのは難しいことが多い。
鈴木の大胆な一手は功を奏した。理外の理という勝負手に、相手がわずかに誤った。それでもまだ鈴木の勝ちとなったわけではなかった。しかし流れは変わっていく。そして最後は大逆転。鈴木が九死に一生を得た。
誕生日翌日の大会3日目。鈴木は準決勝で、遠藤正樹(埼玉県代表)と対戦した。
「遠藤さんにはこれまで、何百番教わったかわかりません。始まる前からもう(両者得意の)相穴熊になるんだろうと思ってました。ずっとやってきた、決まってる戦形です」
鈴木は遠藤にも勝った。
決勝戦。最後の相手は、東大将棋部OBの小林知直(東京代表)だった。小林が先攻して、ずっと受ける展開となった。途中では心臓が止まるかのような、勝負手を見舞われた。
「相手の攻めは少し無理気味かな、とは思ったんです。でも、迫力あるんですよね。ちゃんとやれば少し残している(逃げ切って勝てる)と思っても、時間がちょっと切迫してるんで……」
最後までギリギリの攻防が続いた。そして総手数132手。わずかに鈴木が逃げ切った。
「いろいろあったけど……。やっといい誕生日になったと思いました」
奨励会で年齢制限を迎えた26歳の誕生日から5年。アマ棋界の頂点に立つアマ名人となった鈴木は、将棋指しとして、名実ともに再生の時を迎えていた。
リボーンの棋士
2018年。鈴木が棋譜監修を担当している『リボーンの棋士』(鍋倉夫作)という漫画の単行本第1巻が刊行された。
タイトルは、手塚治虫作の『リボンの騎士』と掛けているのだろう。「リボーン」(reborn)とは、「生まれ変わり、再生、復活」を意味する。
年齢制限で三段リーグを抜けられず、奨励会を去った青年が、社会に出て、将棋とは切っても切り離せない自分を再発見して生まれ変わる。『リボーンの棋士』は、そんなストーリーだ。それはまさに鈴木の存在そのものである。
「作者の方にはいろいろ、私自身の話もしました。私にとっても、愛着のある漫画です」
昔の将棋漫画もまた、奨励会をやめて行き場を失った青年がよく登場する。そこで絶望感を抱えながら、闇の真剣師として闘う、などというストーリーが多かった。しかし最近では、現実の変化に合わせて、漫画の内容も変わってきた。
近年の将棋界では、大きな改革がおこなわれた。それがプロ編入試験制度の導入だ。
2005年、元奨励会員の瀬川晶司がアマの枠を超えるような活躍をして、特例の編入試験に合格してプロになる。
同じような立場だった今泉健司が、2015年、今度は整備されたルートをクリアして、瀬川の後に続いた。
編入試験のハードルは高い。戦後、編入試験によってアマからプロとなったのは、現在までのところ、瀬川現六段と、今泉現四段しかいない。