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「はい、目指そうと思っています」

 しかし編入制度の存在によって、健全な希望を持つことが許されるようになった。

 たとえ年齢制限で退会した元奨励会員であっても、再びプロを目指すと宣言して、「何を今さら」と批難されることはない。今となっては当然のことのようだが、瀬川がプロ入りの希望を表明した頃は、そうではなかった。

『リボーンの棋士』もまた、新しい、希望を持てる時代の物語である。

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 改めて鈴木に尋ねてみた。これから再びプロ棋士を目指すつもりはありますか、と。

「え? 私ですか?」

 鈴木は照れたように笑った。

「ええ、そうですね。はい、目指そうと思っています。また最近、将棋の勉強をはじめました。欲が出てきて、また頑張ろうかな、と思っています」

 はじめの一歩を踏み出した。いまはそういう段階なのだろう。

 鈴木がプロ編入試験を受けるためには、公式戦に出場し、結果を残していく必要がある。当面鈴木はアマ名人戦で優勝した特典として、棋王戦1次予選に出場する機会を得ている。

 アマ名人には、さらにもう1つの特典がある。それは時の名人と、角落の記念対局が指せるということだ。

 トッププロとアマ王者の手合は、伝統的に角1枚の差とみなされてきた。大駒を落とす上手(うわて)からすれば、もちろん楽な手合ではない。しかし長年の戦績を見れば、下手(したて)が勝つのは容易なことではないとわかる。

 鈴木アマ名人が角落で挑む相手は、奇しくも同い年の、佐藤天彦名人だった。鈴木にとっては、夢のような時間を過ごすことができた。

「アマ名人獲得記念イベント」での鈴木肇(写真提供:藤田なつき)

鈴木肇はいま、31歳

 その結果はすでに、新聞等で報道されている。

〈鈴木肇アマ名人が佐藤天彦名人に挑む記念対局が指され、鈴木アマ名人が70手で勝った。佐藤名人は記念対局で3連勝を逃した。手合は佐藤名人の角落ちで、持ち時間は共に90分。鈴木アマ名人が元奨励会三段の実力を十分に示し、持ち時間を半分以上も残して寄せ切った〉(「神戸新聞」2018年11月11日朝刊)

 記事に書かれている通りである。まさに鈴木の実力を示した結果と言えるだろう。

「特別対局室で対局できたのは、よかったです。5年ぶりでした」

 鈴木はそう言った。ああ、そうか。三段リーグ以来ということですか。

「そうです。とても楽しかったです」

記念対局後の打ち上げにて、佐藤天彦名人(左)と鈴木肇アマ名人(画像提供:鈴木肇)

 あの三段リーグ最終局。負けた方が奨励会退会という一番に負けた時。26歳の誕生日を迎えた時。鈴木肇は「死んだ」と思った。

 同じような思いをした瀬川が、さすらいの時を経て、プロになったのは35歳。今泉にいたっては、41歳の時である。

 鈴木肇はいま、31歳。まだ何も、終わってはいない。いまはまだ、始まったばかりだ。

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