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いい本屋のある町はいい町だ名古屋の文化人脈が支えるちくさ正文館

2014/09/13

genre : エンタメ, 読書

note

 読書が一冊ずつ違う体験である以上、いつ、どこで本を買うかは、本の中身と同じくらい大事なんじゃないかと、週末ごとにいろんな本屋さんを訪ね歩いている小寺です。読者の皆様、初めまして。CREA WEBで読んでいただいていた皆様、こちらでもよろしくお願いします。

〈週末の旅は本屋さん〉連載で名古屋は2回目(前回記事)、名古屋まで来たので、できるだけ本屋さんを巡ろうということで、名古屋駅で知人の書店員さんと待ち合わせて、本屋巡りへ。名駅周辺、栄、今池と、ナショナルチェーンの大型店も地元店も含めて、10店舗ほど駆け足で本屋さんを訪ねた。本屋さんを巡る旅コラムを書いていながら、実は旅先の本屋さんについて語るのは難しい。土地勘がないので、どんな町なのか、どんな人が住んでいるのかがわからない。ただ、たくさん本屋さんを見ていると、逆に、この町はこんな町で、こんな人たちが住んでいるのか、少し想像がつくようになってきたように思う。いい本屋のある町は、いい町だ。

名古屋駅構内、にぎわう待ち合わせ場所、金の時計。
ちくさ正文館本店、「本」の看板が力強い。

 そして今回の目的地は、ちくさ正文館本店だ。本店はJR中央線と地下鉄東山線の千種駅から徒歩3分ほど、駅前には系列のターミナル店がある。千種駅前には河合塾の本部(千種キャンパス)があって、ターミナル店は、学参書やコミックス、ライトノベルなどが充実しているが、本店にはそうしたジャンルの本は置かず、人文書、文芸評論、詩歌、映画・演劇が充実していて、棲み分けが徹底している。創業は1961年。学生時代から映画の自主上映や演劇に関わっていた古田一晴さん(現店長)がアルバイトとして入社してから40年あまり、今では、本好き本屋好きの間では名古屋にちくさ正文館ありと言われ、名古屋の人文科学、芸術、文化を支えるひとつの拠点と言っても過言ではない。地下鉄の沿線には競合の大手書店も多いが、わざわざ電車に乗って通ってくるお客様も多いという。

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 古田店長によると、品揃えでは大型店舗とは勝負にならない、新刊ベストセラー小説であれば、売れ筋情報はナショナルチェーンの方が強い、かなわないし、競うつもりもない。配本(本の仕入れ、取次からお店のランクに応じて自動的に送られてくる商品)に任せるのではなく、ごく限られたタイトルだけを置いているという。

小説はごく限られたタイトルだけ。
入り口脇、ジブリもガロもあるオススメコーナー。

 ただ、「個性的な売り場」かというと、そうではない。店長や担当者の個性で売り場を作っているのではなく、お客様が求めるものを置いてきた結果、こういう売り場になっているとのこと。入り口付近にオススメの雑誌を置いているが、『東京人』の「ガロとCOMの時代」(『ガロ』は「カムイ伝」を連載、『COM』は「火の鳥」を連載していた1960年代創刊のマンガ雑誌)の特集号は、これは売れると確信して大量に仕入れ、実際かなり売れたという。

 どうやって売れる本を見極めるのか、古田店長に聞いた。ネットやPOSでこれが売れているからではなく、目録を見て、気になったタイトルについては、そのジャンルに詳しい担当者や、人脈をたどって専門家に、なによりその本を買いに来たお客様に聞く。検索して終わりではなく、自分の目と耳で確かめることで、全国どこでも平均的に売れる本、ではなく、ここ、ちくさ正文館本店で売れる本を見極めることができる。さらに、一度かぎり、イベントやフェアでそういう品揃えをするのではなく、継続して努力を続けることで、一度来たお客様が、また次に期待してくれるようになるという。かつて河合塾に通っていて、東京で就職した方が久しぶりに訪ねて来て、あまりにも変わっていないので驚いた、というエピソードをうかがった。店がお客様を集め、お客様が店を育てる好循環がある結果、いつも変わらず、新しく刺激的な店頭が再生産されるのだろう。

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