銃ではなく、鍬を持ったドキュメンタリー制作ですね
――阿武野さんにとってのテレビの原体験も、やはり家族と一緒にワクワクした思い出にあるんですか?
阿武野 場所中は家族みんなで相撲中継見てました。ウチの父方の先祖は阿武松緑之助(おうのまつ・みどりのすけ)っていう第6代横綱なんですよ。それで、ということでもないんですけど、明武谷(みょうぶだに)っていう関脇までいった力士が親父になんとなく似ていてね。家族全員で「明武谷がんばれー」ってテレビの前で応援してたんです。今はなかなか家族みんなでテレビを観ることがなくなってしまった時代ですけど、映画館でドキュメンタリー作品を観た人が、誰かとある感情を共にする体験をして、ぐるーっと一周回って誰かとテレビを観るワクワクに戻ってきてくれたらいいなあって思っています。そのためには、ワクワクする番組をテレビは作り続けなくてはなりませんね。
――『ヤクザと憲法』、『さよならテレビ』のディレクターである土方宏史さんが「阿武野さんのところには社内の変り者が集まってくる」と以前、座談会でおっしゃっていました。そうなんですか?
阿武野 変り者……。まあ不器用な面々が来やすいのは、そうかもしれません。不器用の武器というのは、飽きずにコツコツできることなんです。合理的に、スマートにできるのも才能でしょうが、私はそういうのに興味がない。ドキュメンタリーの作り方で言いますと、合理的な作り方は10発の弾で狙えるものを的確に仕留める狩猟的な方法。私は「とにかく無駄になってもいいから手をかけろ」って言ってます。不器用なんだから狙うといいものができない。だから狩猟的じゃなくて、農耕的な方法ですね。毎日畑を耕して、水をやって、草を刈って、お日さまを浴びせて。銃ではなく、鍬を持ったドキュメンタリー制作です。
無駄から奇跡的な瞬間が生まれることもある
――たとえば映画にもなった『ホームレス理事長』は40分のテープ480本分、320時間くらいカメラを回して、そこから90分ほどの番組に編集したと聞きました。
阿武野 物量作戦ですね。無駄からありえないような偶然や、奇跡的な瞬間が生まれることもある。狙っていては撮れないような現実ですね。おそらく、こんなに時間もコストもかけてドキュメンタリーの取材をさせてくれるテレビ局はあまりないと思います。東海テレビは記者がドキュメンタリーを担当することになったら、ディレクターとして番組の専属にしてくれるんです。その作品が完成するまで、ドキュメンタリー制作に専念できる。カメラマンも音声マンもそうです。そのキャスティング、チームメイクは私が担当しています。このディレクターのこのテーマなら、このカメラマンがいいだろうという風に。