第3の分野はイラン情勢です。トランプ政権がイランとの核合意を破棄したのは、基本的には、オバマ政権の否定ということであろうと思います。大統領を支える閣僚や共和党内は同床異夢です。一方には、ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官に代表されるネオコン達のように、イスラエルの意を汲み積極的にイランを敵視する発想があります。ところが、トランプ政権の岩盤支持層の発想は、無駄な戦争を回避し米国が海外から撤退すること。経済のグローバル化も、安全保障上の介入も真っ向から否定する新しい形の孤立主義です。トランプ氏当選の立役者であるバノン前戦略担当顧問が定義したエコノミック・ナショナリズムの発想です。
この2つの発想の股裂き状態にあるトランプ政権は、核合意を破棄する以上の具体的な政策を展開できないのではないかと思います。マティス国防長官に代表される軍の主流派は、当然、イランとの戦争など望みません。イラン政策の中心は経済制裁のあり方に収斂していくはずです。核合意の当事者である中露は、他の分野での米国の行動にいら立っていますから、米国のちゃぶ台返しに協力する気はないでしょう。ポイントは、欧州諸国の対応。英仏独が米国主導の経済制裁に協力しないような場合には、米国が主導する地域秩序の形成という戦後秩序の大きな一角が崩れることになります。
米国は、金融制裁を通じてイランと取引がある銀行や企業を狙い撃ちにするでしょう。これまでの論理であれば、米国とイランの二者択一で米国を選択しないことはあり得ないことでした。しかし、今回は欧州も抵抗するのではないかと思っています。そうすると、米国を中心とする金融秩序のあり方にさえ、変化が生じてくるかもしれません。
戦後秩序の「終わりの終わり」
個別の分野を超えて、トランプ外交の最大のインパクトは米国主導の世界秩序が退潮していく流れを早めていることです。戦後秩序は、米国の庇護の下に発展してきたものです。経済的には、米国主導でIMF、世銀、WTO等を軸とした仕組みづくりが行われました。米国は同時に、最も豊かで大きな自国市場を世界に開放しました。そうすることで、日独の戦後復興や、中国の国際社会への包摂が可能となったのでした。軍事的には、旧西側諸国との同盟を通じて、対ソ・露や、対中の安全保障が提供されました。
私は、戦後秩序の「終わりの始まり」は、2006年頃だったと思っています。イラク戦争の泥沼化が明確となり、当時の共和党は中間選挙に惨敗しました。その後、オバマ政権、トランプ政権と2代にわたって世界から引き気味の政権が誕生したことは偶然ではありません。
経済秩序が掘り崩されていくのと比較して、米国との同盟関係の信頼性低下は直ちには表面化しません。東欧や、中央アジアや、南シナ海や、東シナ海で紛争が勃発したとき、米国主導の戦後秩序が真に試されることになるでしょう。戦後秩序は、米国の能力と意思によって支えられてきました。客観的に見れば、米国の能力を疑う段階にはないけれど、米国の意思については極めて脆弱な基盤の上に存在すると言わざるを得ません。
トランプ政権を軸に、2019年を展望するとき、戦後秩序の「終わり」の完成が近いという感想を持ちます。我々は戦後秩序に代わる秩序構想を持たないのです。
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