十二月十二日、本連載がついに書籍化される。タイトルは『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』。連載から厳選した九十三回分に、洋画五本のレビューと五十ページの対談を新たに加えた。

 刊行を記念して、しばらくはこれまでの連載、特に初期の頃に取り上げてきた作品を改めて語り直してみたい。開始して六年半、どんな作品を扱ってきたのかをご存じない方も多いのではないだろうか。

1965年作品(131分)/東宝/レンタルあり/Amazon Prime配信あり

 今回は『血と砂』。連載第一回で取り上げた作品だ。「週刊文春での連載」という大看板に対するプレッシャーの中での初回だっただけに、力みに力んで書いた記憶がある。

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 その時の内容は書籍に収録されているのでそちらを読んでいただくとして、今回ここで触れておきたいのは、以前に書ききれなかった初見時の筆者の心の動きである。

 最初に観たのは二十年ほど前、浅草東宝のオールナイトでの岡本喜八監督特集。たしか五本立ての三本目あたりだったと思う。当時は内容について情報を入れないで観ることにしており、そのため『血と砂』というタイトルの地味さ、硬さから、五本の中ではさほど期待はしていなかった。

 舞台は一九四五年夏の中国戦線。その最前線基地に少年軍楽隊が配属されるところから物語は始まる。それぞれに楽器を吹いて『聖者の行進』を奏でながら基地まで行軍する様子を観て、軽いタッチのコメディ映画だとタカをくくった。実際、はみ出し者の曹長(三船敏郎)による猛特訓や、部隊であぶれた面々との八路軍からの砦奪回戦と、スピーディかつ楽しく曹長と少年たちの活躍が描かれていく。

 これだけで終わっていたら、「よく出来た戦争喜劇」程度の印象で終わっていただろう。が、最終的には本連載の初回に選ぶ、「最も思い入れある映画」になるほど、心かきむしられてしまった。終盤に一転して、壮絶な展開になっていったからだ。

 八路軍は砦を取り返すべく猛攻を加える。少年たちに援軍はない。時は八月十五日。本隊は既に撤退を開始していたのだ。凄まじい砲撃の中、武器を使い果たした少年たちはそれぞれの楽器をひたすら奏で、そしてその音は一つずつ消えてやがて無音となる。

 観終えて、しばらく茫然としていた。おそらく、最初から期待していたらここまでの衝撃は受けなかっただろう。どんな作品か知ることなく期待なく接し、観ている間も思い切り油断していた。だからこそ、あのラストに心の底をぶん殴られたようなショックを受けたのだ。そこから約二十年、いまだ心は震えている。

 今回改めて観直して、そんな当時のことを思い出した。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一(著)

文藝春秋
2018年12月12日 発売

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