野球を考え詰めることから少しだけ離れる時間
インタビューや著書など読んでいると判るのですが、栗山英樹という人はとにかくもう野球が好き、というか野球バカ。かつて流行った「脳内メーカー」風に言うならば、頭の中はほぼ全部が「野球」で占められて、かろうじて死なない程度に「食事」と「睡眠」、他にはもう何もなしという感じです。こんな監督が球場や球団事務所の近場でホテル暮らしをしていたらどうなるか。1日24時間、野球のことチームのこと試合のことばかり考え続けて収拾がつかなくなるんじゃないでしょうか。
でも栗の樹ファームでの生活はそうはいきません。栗山監督自ら球場の草刈りをしたり、アオダモの植樹をしたり。もちろんこれらも野球関連のことではありますが、試合の作戦や選手起用を考えたりするのとは違う。手を動かし体を使って作業する時には、それ以外のことは考えようったって考えられないものです。そして以前は栗山監督も犬を飼っていました。動物の面倒をみるというのもこれまた、その時はそのことだけに集中しなければできないもので、片手間でとはいかないもの。大晦日には栗山天満宮で太鼓の係。そう、ご近所付き合いも欠かせません。
野球を考え詰めることから少しだけ離れる時間。そういう時間を持てる場所で暮らしているということが、力の素のいくぶんかになっていると思うのです。
監督就任時、「週刊ベースボール」にこんな1コママンガが載りました。若さを武器にフレッシュな野球をお見せします、と満面の笑みをつくる栗山監督の後ろで、イーグルス星野仙一監督があきれ顔。おまえ秋山や渡辺より年上やないか、と……そう、この時ホークス秋山幸二監督は49歳、ライオンズ渡辺久信監督は46歳でしたが、50歳の栗山英樹の方が何だか若く見えたのです。ほんとに彼が監督で大丈夫なのかという声はあちこちから聞かれましたが、この見た目の「若造」感がその印象を助長した面は実際あるんじゃないでしょうか。
でもその後の栗山監督はみるみる年相応の顔になっていきました。今の容貌はいかにも58歳のものです。それだけ「老けた」ということです。これは単純に加齢だけによるものではなくて、やはり監督という立場からくる消耗が激しいのだろうと思うのです。
出不精の私は栗の樹ファームにはまだ行ったことがないのですが、野球ファンのブログなどで写真はいくつも見ることができます。白樺が生える丘、遠くに望む山並、冬は雪の上に兎の足跡。広い土地の上に広い空が広がり、毎日この景色を眺めるのはどれだけ気持ちを伸びやかにしてくれることだろうと思わせる風景。もしもこの場所がなかったら、栗山監督はもうずっと前に精魂尽き果ててしまっていたのではないか。そんな気さえするんです。
今月2日、栗山監督の契約延長が正式に発表されました。
監督。お疲れのことだと思います。心身ともに、本当にしんどい仕事だと思います。でも、どうか、もう少し、ファイターズをよろしくお願い致します。
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