無観客試合の札幌ドームに入った。北海道知事が独自の「緊急事態宣言」を出し外出の自粛を呼びかけて3週目の週末だ。HBCラジオ中継に何と「解説者」として入ることになった。オープン戦最後のカード、横浜DeNAベイスターズ戦。HBCラジオが今季初めて中継を組む試合だった。HBCラジオがわざわざOB解説者でなく僕に白羽の矢を立てたのは、いよいよ球春到来、プロ野球開幕が楽しみですねーという調子で、ファンを代表して浮かれまくってほしかったのだと思う。もちろん、オファーのあるなしに関わらず、こちらは浮かれる準備ができていた。
ところがこの新型コロナウイルス禍だ。無観客試合でのオープン戦実施が決まり、「ミットの音、打球音、選手のかける声が新鮮ですねー」なんて言ってるうちにどんどん感染が拡大し、ついに3月20日の開幕は延期となった。ベイスターズ戦の「解説者」は浮かれてばかりもいられなくなったのだ。
つまり、僕は無観客試合のつもりも開幕延期のつもりも、北海道で感染クラスタが発生しているつもり(?)もなく、ただ野球を見て浮かれたい一心でこのオファーを受けていた。だってそういうもんだろう。それが球春だろう。
「野球の現場」を守りたい
だけど、事情は一変した。僕がとにかく考えたのは「現場を守る」ことだ。僕はどういう立場で無観客試合に入れてもらうかというと、(OBでもないし)要は野球バカということだろう。野球バカは何を大事にするかというと野球を大事にするのだ。
「野球の現場」を守りたい。万が一にも選手や関係者を罹患させる事態があってはならない。現場から罹患者が出たら下手したらチーム全体が2週間隔離だ。開幕が更に遠のくかもしれない。野球バカはそれを恐怖する。マスク手洗いだ。マイ石鹸を持参する生活に入った。2時間に一度は30秒の手洗いをする。リュックのなかで小さな石鹸カタカタ鳴って、こりゃ「神田川」状態だ。
「現場を守る」は今シーズン、関係者・ファン共通のテーマになりそうな気がした。僕らは東日本大震災のとき思い知ったではないか。何でもない日常がいちばんかけがえのないものだった、それが成り立っていたのは奇跡だったと。普段のシーズンであれば「野球の現場」は当たり前にそこにある。僕らはただ球場の通路の暗がりからカクテル光線のなかに出ていけばいい。だけど、今は……。
今はそこに関わる者すべてがけんめいに成り立たせるようなものになった。札幌ドームの関係者受付で、僕はまず検温をする。首筋に係員さんが機器を当て、ピッと測るのだ。そこで受け取るIDカードには「検温済」の表示が入る。