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2020/04/07

聖職者になったと噂のフランコに会いにドミニカ共和国へ

 そんな思い出深いフランコが、聖職者になったらしいーー。2013年2月、初めて中南米野球の取材でドミニカ共和国を訪れた僕と写真家の龍フェルケルに、現地コーディネーターが聞きつけた噂を教えてくれた。聖職者になったフランコの姿を写真に収められたら、週刊誌に売って取材費の一部に充てられるかもしれない。

 ゲスな気持ちでフランコの故郷サンペドロ・デ・マコリスを訪れ、周囲の人に聞いて回ると、フランコが経営するというジムにたどり着くことができた。ドミニカの人々は極端に所得が少なく、辺りには貧しそうな家々が立ち並んでいる。そんな通りにあるジムの扉を恐る恐る開けると、ハルク・ホーガンのような風貌の筋骨隆々の男がいた。通称「エル・バテ」(英訳すると「ザ・バット」)、フランコのお兄さんだという。取材したい旨を告げると、近所にあるフランコの家まで連れて行ってくれた。

 貧しい地区の一角に、フランコの豪邸はあった。大きな黒い門の外では、銃を携えた男が警備している。あいにくフランコはビーチに出かけていて不在だったが、エル・バテが携帯に連絡してくれ、翌日、45分の取材時間をもらえることになった。

 フランコにインタビューした時間は、スポーツライターとして一生の宝物だ。スペイン語の通訳を介さず、英語で直接やり取りすることができた。夢心地のなか、聞いたテーマは「超一流のメンタル術」だった。

 2013年当時、日本は中国との尖閣諸島問題など様々な問題に直面していた。新型コロナで世界中が苦しむいま、フランコの言葉が思い出される。

俺はなぜ日本がこんなに好きなのか、その答えを見つけたかった

――あなたは日本の野球から何を学びましたか?

フランコ:最も大きかったのは忍耐強さだ。ハードトレーニングにも弱音を吐かず、目標を達成するために淡々と練習を繰り返す。日本人は先を見ているから、長時間のランニング練習にも目標を持って臨む。それが規律、勤勉というものだ。試合に向けて、どうやって体を動かしながら準備していけばいいか。アメリカの方法と異なる日本式から、学ぶことがたくさんあった。

――あなたのような偉大な選手がロッテに来ると聞いたときは驚きました。なぜ、メジャーリーグよりレベルの劣る日本球界に来ることにしたのですか。

フランコ:俺はなぜ日本がこんなに好きなのか、その答えを見つけたかった。もしクリスチャンでなかったら、神道や仏教的な生き方を摸索していただろう。日本人がどうやって生きているかについて、たくさんの本を読んだ。それで日本人がいかにほかの国の人と違うかを学ぶことができた。日本人は敬意を持った人々だ。一生懸命働くことを心掛け、穏やかさがある。だから1995年に日本でプレーするオファーをもらったとき、喜んで受けた。すばらしい時間だったよ。人生で最良の時間のひとつだった。

――(2013年の)今、日本は様々な問題を抱えています。でも、あなたの言葉を聞いて、日本人の伝統的な考え方や生き方は正しいのだと自信を取り戻すことができました。

フランコ:王貞治やイチローが毎日ヒットを打つことができるのは、毎日、血のにじむような努力をしているからだ。ブルース・リーも同じだ。何かを上達させたければ、時間を費やして人よりも努力するしかない。日本人がそう教えてくれているじゃないか。それがライフスタイルというものだ。 

 誰もがライフスタイルを選ぶことができる。最高のバッターになるためにはどれくらいの練習量が必要なのか、王貞治やイチローにもわからなかったはずだ。だから頭を使い、数を打つしかない。バッティング練習をするとき、彼らの脳はつねに回転している。バットを振り、どこを修正すべきかを考え、それを行動に移す。そう繰り返すしか上達の方法はない。体はもちろん、脳を止めてはいけない。それこそが、俺が日本に行こうと考えた理由だ。日本人はそうやって進歩してきたんだろ?
(インタビューの全文は東洋経済オンラインの筆者記事を参照)

©龍フェルケル

 結局、フランコは聖職者になったわけではなく、敬虔なクリスチャンだった。その力強い言葉は、いまも僕の脳裏に深く刻み込まれている。

 新型コロナの影響でプロ野球の開幕が延期されるなか、取材者として悶々とした日々を送っている。ゴールの見えない日々は、なかなか苦しい。書籍の執筆で2月から一足早く引きこもり生活を始めてしまったことを、かなり後悔している(苦笑)。

 しかし、収束の日はいつか、必ずやって来る。そのときを待ちながら、今は自分にできることをやっていきたい。フランコに会えたあの日の時間を思い出すと、強くそう思う。

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