「この年代は、寝ながらも強くなるんです」
奨励会時代の藤井を評したことばに、こんな面白いものがある。
「その子はね『おっさんみたいな将棋。受け将棋』って言っていましたね」
藤井のプロデビュー戦の相手は、加藤一二三九段。当時の最年長棋士と最年少棋士の対局であり、ともに中学生で棋士となった天才棋士同士ともあって、世間から大いに注目された一番であった。そして、その次の対局の相手となったのが、豊川孝弘七段だった。豊川は、対戦する中学生棋士の雰囲気を知ろうと、対局したことがあるという奨励会員に「彼はどんな将棋を指すの?」と聞いてみたところ、こんな答えが返ってきたという。
対局の結果は、藤井聡太四段の勝ち。こうして順調なデビューを飾った彼は、みなさんご存知のように、ここから29連勝というとてつもない記録を打ち立てることになる。ちなみに、ユニークなオヤジギャグで知られている豊川は、「藤井聡太はこれからも強くなりますか?」という質問にこのように答えている。
「なるでしょう。オバケですよ。オバケの聡太郎ですよ。ほんとに。間違いないでしょう。でもまだ甘いですよ」
――まだ完成されているわけじゃない、と。
「そう。これは負け惜しみじゃなくってね。たいしたことあるんですけど、まだ甘いです。ただ、この年代は、寝ながらも強くなるんです。夢の中に将棋盤が出てきますからね。今、藤井くんはレベルの高いところでやっているから、すさまじい勢いで強くなっていますよね」
対局中に「フツーに強いな」と感じたら……
この29連勝中に対戦した棋士のことばをもうひとつ紹介しよう。2017年2月、デビューから5戦目にあたるNHK杯の予選で当たった北浜健介八段は、対局した印象をこのように語っている。
「NHK杯というのは、通常の持ち時間が各6時間なのに対して、各20分という『早指し』対局なんです。ですから、じっくり考えながら指すことはできないのですが、そんな中でも『フツーに強いな』って感じたんですよ」
――「フツー」ですか?
「将棋の世界では指してみて『あ、大したことないな』と思ったら自分と同じくらいで、『ちょっと強いな』くらいに感じたら、それは自分より相当強い、というものなんです。だから、『フツーに強い』と直感したときにはもう『相当強い』と覚悟はしてたと思います」