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「直球破壊」についてNHK解説者の宮本慎也氏が興味深い指摘をしていた。「それは野球界では、将棋の『香車』の駒に喩えてキョウスと呼ばれてましたね。まっすぐしか打てないということで『バッター、キョウスキョウス!』と野次が飛んだり。今でも使われてると思いますよ」。文春野球コラムの熱心な読者なら高森勇旗さんの秀逸コラム『ナイスアイ! 槍! 地獄! ……プロ野球選手の掛け声の意味、わかりますか?』に登場した「槍!」を連想すると思う。

「やり、と読みます。通常は、『槍槍!』と、2回続けて出します。ストレートにめっぽう強いバッターに対してかける言葉。ところが、変化球にめっぽう弱いバッターにかけるヤジとして使う場合もありますから、使用は控えましょう。一本槍から連想されている言葉と推測されます」(同コラムより、高森勇旗氏)

 まぁ、「キョウス」も「槍」もグラウンドレベルの野次である。「こいつ直球だけは強いぞ」という仲間内の確認の符丁というか。どちらも2回言うらしい。野次だからディスってるところがある。「変化球投げとけばアンパイ!」というような。

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 僕は「直球破壊王子」が「キョウス王子」や「槍王子」でないところに注目したいのだ。それはプロ選手の符丁が一般ファンに伝わりにくいというだけじゃないと思う。いちばんの違いは「直球破壊」にディスり要素が一切ないことだ。そもそも渡邉諒は「変化球投げとけばアンパイ!」の選手ではない。12日ロッテ戦の解説をした宮本慎也氏は「渡邉諒=キョウス」ではないことに気づき、試合後半「でも、変化球もしっかりヒットしてますからね」とトーンを変えていた。

「直球破壊王子」が連れてきた物語

 ここまでお付き合いいただいた読者には、僕が「直球破壊王子」をめちゃめちゃ気に入っているのがバレバレだろう。すっごい嬉しいのだ。渡邉諒という、これから一皮剥けて本当のスターになろうという選手に最高の「売り」を用意してくれた。不思議なもので、言葉はそれが発せられた時点では誰も思いつかなかったような物語を連れてくる。「直球破壊王子」が連れてきた物語はこうだ。

 8日札幌ドーム西武戦、7回裏2死満塁。この回、3連打で3点返して、スコアは5対6、あと1点で追いつく。マウンド上には西武の新加入リリーバー、ギャレットがいる。この剛腕ギャレットこそ、NPB史上指折りの火の球投手なのだ。初球は158キロ、インハイに抜けるボール。2球目、インサイド158キロ、詰まってゴロのファウル。西武の外野は前目のポジション取り。渡邉諒は右手のグリップをいったん開いて構える。3球目158キロ空振り。べらぼうに速い。追い込まれた。

 4球目は162キロ、外角に外れる。ついに160キロ超えだ。5球目、161キロバックネットへファウル。6球目、159キロレフトポールを大きく逸れるファウル。集中が高まって渡邉がすさまじい顔をしている。ギャレットはタフガイの表情。場内の電光掲示板に「直球破壊王子様、お願いいたします」の文字。

 7球目、161キロ外角に外れる。カウントはついに3ボール2ストライク。もしかして押し出しで同点か。ここまでギャレットは真っ直ぐしか投げてない。渡邉も真っ直ぐしか待ってない。8球目、160キロ1塁側内野スタンドにファウル。9球目、160キロ直球破壊した。打球は三遊間を抜ける、2点タイムリー。スコアは大逆転、7対6。1塁ベース上で拳を突き上げ、ガッツポーズを繰り返す渡邉諒。9球粘って「直球破壊伝説」を仕上げた。僕は息を止めて見ていて、窒息死する即(すんで)のところでプハァーッだ。

8日の西武戦で逆転2点適時打を放った渡邉諒

 連想したのは伊良部秀輝vs清原和博だ。これでもかと真っ直ぐを投げ続け、バックネットにファウルチップを繰り返し、ついにはセンターバックスクリーン直撃か空振りの三振。意地と意地がぶつかり合った平成の名勝負。僕なんかハム戦関係ないのにわざわざ見に行ったもんなぁ。あれに負けないド迫力対決が自分のチームで見られる幸せ。ギャレットは次回、「直球破壊王子」を目の敵にしてくるだろう。もう、今から楽しみで仕方ない。

 渡邉諒は「直球破壊王子」で売り出した。パの速球投手は皆、意識してくるだろう。ロッテは早く佐々木朗希を出してこないかなぁ。これがなべりょの野球渡世だ。最高最高! 日刊スポーツ、本当にありがとう!!

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