※こちらは「文春野球学校」の受講生が書いた原稿のなかから、文春野球ウィンターリーグ出場権を獲得したコラムです。
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「にわか」ってなんだろう
「ああいうカメラ持ってる女子達って、『にわか』なんだよ」
とある日、試合前の西武ドームで、後ろの方の座席から声が聞こえる。練習中の選手達にカメラを向ける女性ファン達を見て、そう言ったようだった。私の体はギクリ、と強張り、思わず手が止まる。一眼レフを取り出そうと、丁度カメラバッグのファスナーに手をかけた所だった。
「にわか」とは。新明解国語辞典によれば、「事態・状態が急に大きく変化する様子」や、「変化が急に行なわれ、かつその変化がすぐやむ様子」を表す形容動詞。……だそうだ。形容動詞なら、その言葉単体で、名詞としては使わないはずである。恐らく「にわかファン」の略称だろう。「にわか」が使われている名詞としては、「にわか雨」、「にわかせんぺい」と言った所が考えられるが、「女子」をスコールや博多銘菓に例えるには、この「野球場」という文脈では辻褄が合わない。
カメラを持っている女子が「にわか」なら、私も「にわか」なのだろうか。あの“お姉さん”は、「にわか」という言葉を、どう思うだろうか。
20年前の“お姉さん”
「あの“お姉さん”」とは。20年前、家に来た営業職のお姉さんのことである。リフォーム屋さんだったか、電気屋さんだったか、もう覚えていないが、真面目で誠実そうな姿は記憶に残っている。
「あの、もしかして、ご家族皆さん、巨人ファンなんですか……?」
お姉さんは帰り際に、ソワソワしながら尋ねた。私の家族は巨人ファンだった。当時小学生だった私も、もちろん巨人ファンに育った。私は、A4用紙に筆ペンでめいっぱい、「巨人絶対優勝!!」「メークミラクル!!」などと書き込んだ「書」を、家中に貼り付けていた。彼女はそれらが気になったようだった。ふとお姉さんの顔を見ると、瞳の中に、星がキラキラ瞬いているのが見えた、気がした。「実は私も巨人ファンなんです! 條辺剛選手が好きで、試合もよく観に行くんです!」私の「書」を見て、巨人ファンだと分かり、気を許してくれたのだろう。先程よりも、声が弾んでいた。それほど大ファンなら、ずっと内心ではソワソワしていたのではないだろうか。
お姉さんはいわゆる「野球カメラ女子」だった。彼女が撮った條辺選手の写真を見た時、思わず息を呑んだ。
條辺選手の、練習に取り組む真剣な表情。ふと見せたであろう、少しリラックスしたような笑顔。そして額にキラリと光る努力の証…汗までもカメラはしっかりと捉え、心臓がドキリと跳ねたのを覚えている。当時、テレビでしか野球を見ていなかった私には、新鮮であり、衝撃だった。試合から離れたり、中継に映らない所で、選手はこんなにも色々な表情を見せるのか、と。私は「すごい!」と感動し、すぐにカメラの道に……進まなかった。当時はテレビだけで充分楽しんでいたし、「野球選手の写真を撮る自分」を想像することもなかった。カメラ付きケータイもまだ普及しておらず、写真が身近でなかったこともあるかもしれない。
その後お姉さんとは、ほとんど会うことはなかった。過ぎて行く時の中で、彼女のことも、写真の中の條辺選手の眩しさも、だんだん記憶から薄れていった。
岡田雅利選手を追いかけて分かったこと
あれから20年後、私は一眼レフのカメラを手に、球場に足を運ぶようになっていた。目当ては、西武ライオンズの岡田雅利選手だ。
この20年の間で、私は巨人ファンから西武ファンになった。最推しの清水隆行選手が移籍し、それを追いかけてのことだった。あの家中に貼り出した「書」は何だったのか。20年前の私が聞いたら、盛大にひっくり返るに違いない。清水選手の引退後も、その後私がどっぷり西武ファンになっていった理由はいくつかあるが、一番は岡田選手に魅了されたからだ。
彼には森友哉選手という強大なライバルがいる。しかし岡田選手は「負けへんで!」と言うように、体を張ってボールに食らいついたり、出番がない時にも、ベンチで声を出して盛り上げる。その姿を見て、私は「岡田選手が輝く瞬間を写真に収めて、永久に保存したい」と思い立ち、カメラを手にしたのだった。
カメラで岡田選手を追っていると、色々気づくことが多く、私の心は熱くなる。メヒア選手や熊代選手とニコニコじゃれていたり、おちゃめな中村剛也選手にいたずらされたりと、イメージ通りのムードメーカーで、いじられキャラであること。試合中、打席に立つ時や守備の時、クールな表情をしていること(なお、びっくりした時などのリアクションはとても大きい)。スタメンマスクだった日に、途中で森選手に交代した際、悔しい気持ちもあるだろうに、ベンチで2人で作戦会議をしていること。最終回まで表情を崩さなかったのに、最後のバッターを抑え、マスクを外し、ふぅと一息ついた後に、ようやくふにゃりと微笑むこと……。
そしてもう一つ気づいたことがある。あのお姉さんも、私と同じような気持ちだったのだろう、ということだ。