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「第二の谷口」を生まないための体制づくり

 だが、谷口はさばさばとした様子でこう答えた。

「恨みなんてないですよ。スポーツ選手は体が資本ですし、体調管理は自己責任。体を壊したら自分のせいですから。もっと大変な状況から成功した人もいますし、僕は単に力不足やったんです」

 谷口の同級生は錚々たる顔ぶれだ。イチロー、中村紀洋、石井一久、三浦大輔、小笠原道大、松中信彦、黒木知宏……。そのイチローはかつて、谷口にこう語りかけた。

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「俺らの時のナンバーワンは谷口だったよな」

 奈良大会の決勝戦で投げ合った三浦とは、いまだに親交がある。三浦は谷口にこんな言葉をかけるという。

「谷口を見に来たスカウトがたまたま俺を見たから、プロに入れた。谷口のお陰でプロに行けたんだよ」

 超一流からの言葉は自尊心をくすぐる一方、「俺だってやれたはず」と激しいジェラシーに襲われることはないのか。そう尋ねると、谷口はやはり淡々とこう答えた。

「なんとも思っていないです。彼らはそれだけ才能があって、努力をしただけですから」

 無理に感情を押し殺しているようには見えない。なぜ、これほど達観した見方ができるのか。率直に谷口に聞くと、こんな反応が返ってきた。

「世間が見ている谷口像と実際の僕は違うのかもしれません」

 どういうことかわからずにいると、谷口は独白を続けた。

「ノーアウト満塁になったら、僕は『トリプルプレーが取れるな』と考えるピッチャーでした。三振を狙うほうがしんどい。9回を100球で終わらせるような投球をしたいと思っていました」

 私も勝手な「谷口功一像」を抱いていた一人だった。てっきり本格派右腕の王道を極め、最高のストレートを追求する投手と決めつけていた。

「僕は150キロのボールが投げられなくても、135キロのストレートとフォークがあれば、ファームのバッターなら簡単に抑えられると思っていました。実際にファームではケガした後でも4安打4併殺の完封勝ち、なんて試合もありましたから。でも、首脳陣やマスコミからは『これはやっぱり谷口じゃない』と見られてしまう。『巨人ドラ1の谷口』『天理の谷口』がずっとついて回る。それが嫌でしょうがなかったし、自分にとって十字架でしかなかったですね」

 谷口が恨んでいたのは巨人ではなかった。「谷口功一」のイメージに固執し、新しい自分を見てくれない周囲の目だった。私も無意識のうちに、そこへ加担していたのだ。

 谷口がプロ野球界の成功者にジェラシーを抱かないのは、自身のなかでやり切った達成感があるからだろう。

 その一方で、今の巨人には「第二の谷口」を生まないような体制づくりもできている。

 1軍から3軍までのコーチが定期的に会議を開き、個別の育成方針について話し合う。独特のフォームの投手が入団しても、「壁に当たるまでいじらないようにしよう」と全軍の投手コーチの間で徹底されている。その結果、成功を収めているのが戸郷翔征だ。

 現場を取り仕切るのは、宮本和知であり、桑田真澄である。谷口の悲劇を目の当たりにした先輩たちが、当時の体制を反面教師にしているように思えてならない。

 そして、かつて「巨人のドラ1」を十字架と感じていた谷口は、今では「最強の営業トークのネタですよ」と笑う。

 谷口は関西独立リーグ・06BULLSのGMを務めている。球団のスポンサー回りをしても、巨人ブランドの影響力を実感するという。

現在は関西独立リーグ・06BULLSのGMを務めている ©菊地選手

「現役時代は『なんでドライチやねん』と思っていましたけど、今でも『巨人の谷口』『天理の谷口』で知ってもらえている。それは感謝ですね」

 2020年より、巨人は地方在住のOBに現地の情報提供を依頼するOBスカウト制度を開始した。谷口は大阪地区のOBスカウトに就任している。06BULLSのGMだけでなく、名門中学硬式クラブ・大東畷ボーイズの総監督を務める実績も評価されたのだろう。

 指導現場に立つ谷口は、スパイクの靴紐を結んでいない選手を見ただけで、厳しく叱責する。その理由を谷口はこう力説した。

「僕がそれを許したら、巨人のプライドが崩れます。巨人が馬鹿にされるんです。それは違うやろ、と選手にはそういうことばかり言っています」

 通算0勝。谷口功一という投手は、プロの世界では何も成し遂げられなかった。だが、こんな先人がいたからこそ、今の巨人が成り立っている事実を忘れてはならない。

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