これぞ「アニキ」の真骨頂
後攻・『覚悟のすすめ』打線
1 「ケガをしていても、それをいわなければケガではない」。うーん、逆転の発想(違う?)。
2 「この山本さん(引用者注:山本一義氏)と先に名前が出た三村さん、そして守備走塁コーチだった高代延博さんが広島時代の私の恩師なのだが、この人たちはほんとうに怖かった。ケガをしているときでも、『痛い』の『い』の字でも口に出そうものなら、『な~にい?』。ケガをしているからといって、練習や試合を休めるような雰囲気ではなかった」。さすが広島野球。
3 「女性にモテる秘訣はマメなことだというが、このとき、私は女性の気持ちがよくわかった。断っても断っても、毎日しつこく『好きだ、好きだ』といわれれば、最後はなびいてしまうものなのだ。気がつけば、私は返事をしていた。/『わかりました。お世話になります』」。星野監督から阪神入団を請われたときのエピソード。
4 「星野さんと対照的に、岡田さんは選手を信頼し、任せるというスタンスをとっていた。厳しく叱ることもなかった。それをいいことに、タイガースの選手たちはちんたらちんたらプレーするようになったのだ。(中略)『なんだよ。こいつらは監督で変わるのかよ』」
04年、金本氏が阪神に幻滅したときの話。しかし翌年、ある選手の言動がきっかけになって、タイガースナインは目を覚まし、リーグ優勝の栄誉を手にしたのでした。詳しくは本書をお読みください。
5 「『貧血になって半人前。ゲロを吐いて一人前』。私は冗談でよくそういうが、ウエートトレーニングを行うにあたっては、限界まで自分を追い込むのが大切である」
監督時代も、こう言って選手を追い込んだのでしょうか?
6 金本選手の飛躍のきっかけになったのは、広島市内の「トレーニングクラブ・アスリート」というジムで、平岡洋二さんの指導を受けるようになったことだそうです。理に適ったウエートトレーニングを続けることで、3年目に17本塁打を打てるようになりました。
7 以前の帯コピーは「覚悟を決めれば道は開ける!」。タイトル以上のことを語っていない帯コピーですが、あえて内容には触れず共感に訴えかけるのも、編集者のテクニック。
8 本書が刊行されたのは08年9月。当時、金本氏は連続フルイニング出場を継続中。フルイニング出場が途切れたのは2年後の10年4月のことでした。
9 また、08年シーズン、阪神は絶好調で、本書刊行の9月10日の時点でも首位に立っていました。しかし2位巨人が9月に破竹の12連勝を果たし、最大13ゲーム差あった首位阪神に追いつき、翌月、優勝を決めたのでした。
【戦評】
『不動心』は、どこをどう切り取っても「人格者」の野球本という印象でした。「どんな苦難にもめげず、自らを律し続ける不動心についての本」というコンセプトを貫いているという点では、本としての完成度は高いといえます。
ですがその内容に物足りなさが残るのも、確かです。長嶋茂雄さんのエピソードがいちばん印象的だったので四番に据えたのですが、裏を返せば松井自身のエピソードはあまり私の心に残らなかったということです。
しかし『覚悟のすすめ』の四番打者は強烈です。当時まだ阪神の現役選手だった著者が、4年前の阪神について、率直な思いを吐露しています。刊行当時、阪神の監督は依然として岡田であったのにもかかわらず。阪神を愛するが故の、「覚悟」の告白だったのではないでしょうか。おまえら、あの2005年のときの気持ちを忘れるなよ、という……。
これぞ「アニキ」の真骨頂。この対決、本としての魅力という点で、私は『覚悟のすすめ』 に軍配を上げたいと思います。良くも悪くも、人間・金本知憲の生の姿が伝わってくる一冊でした。
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