近本、HR! 中野、気持ちE、センター前ヒット。ロハスジュニアの打席、浜口のワイルドピッチで中野が生還。
「ごはーん」と、園子さんの声。晩ごはんの献立は、冷やし豚しゃぶ、炙りししゃも、あさりお味噌汁、モロヘイヤおしたし、ひとひはさらに納豆たまごごはん。
食後テレビの前にもどると、なんと阪神が7ー0と点差をひろげていた。
ひとひ舞い踊りながら、
「青柳さんも調子ええわあ。5回まで投げたら、いっつも、6回はナイピッチやねん」
レフトフライ、ロハスが滑りこんで、獲った! 獲った!
「ぴっぴ、錦ジュの試合で、ピッチャーやなくて、外野まもってることあるやん」
「うん」
「ああいうとき、正直、飛んでこい、って思ってる? 飛んでくんな、って思ってる?」
「えーっ……どっちも。あ、そういうたら敦賀気比勝ったんやんな」
「ああ、そやな」
「優勝したら、大島さん、ドラフト指名されるかもしれへんね」
敦賀気比のセンター大島キャプテンは、ひとひの属する錦林ジュニアの先輩であり、錦ジュのチームメイトの梅谷くんのいとこでもある。
「なに? 阪神戦なんか見てへんで」
試合の趨勢をみつつ、ひとひは大阪のおじいちゃんに電話をかけることにした。わりと昔からのタイガースファンだ。
「おじーちゃん、見てるー? ぴっぴやで。阪神、めっちゃ勝ってんなあ」
ところが、
「なに? 阪神戦なんか見てへんで」と大阪のおじいちゃん。「パラリンピックの開会式みとる。ええぞー、オリンピックのときより、ぜんぜんこっちがええぞ。感動すんぞー」。
「ふうん」とひとひ。
この時点で僕たちは知るよしもなかったけれど、パラリンピック開会式の演出は、僕の長編「麦ふみクーツェ」「プラネタリウムのふたご」を舞台化してくれた、ウォーリー木下さんが手がけた。ひとひも5歳のとき、舞台にあげてもらったことがある。開会式にはさらに、友人でもあるミュージシャンの原田郁子さんが参加していたらしい。ひとひが生まれてすぐにお祝いにやってきて、うちのアップライトピアノで「ひこうき雲」を弾き語りしてくれた。世間はせまい。
「おじーちゃーん、それやったら、阪神のええ場面おしえるわー」と、あくまで阪神戦におじいちゃんを引っぱりこみたいひとひ。「青柳が、めっちゃ粘って、ええピッチングして、チカと大山が、ホームランうった」。
電話をきった8回裏、ロハスジュニアも豪快なバッティングを披露。いよいよ波に乗ってきた。ホームランの特製メダルがごしごしの髭によく似合っている。
9回表、ピッチャーはアルカンタラから小川へ。
「あ、小川いっぺいちゃん、がんばれ! ぴっぴもがんばるで!」
「なにをがんばんねんな」
「え、宿題」とひとひ。「なにいうてんのんおとーさん。明日から学校やん。宿題の、算数と国語のプレジョイのプリント、ぜんぜんやってへんやん。いまからやんねんで。たいへんなんやで」。
いいながら、テーブルの上の雑誌の山をずらしてできたスペースにプリントの束をどっかと置く。
「それは」と僕は絶句しつつ、「それは、あー、マジでたいへんやな」。
ダイヤモンドでは、交替したばかりの選手たちが、精一杯のプレーで球場を沸かせている。ショート中野からファーストの北條へ火のような送球、アウト!
「算数、いっこできた」とひとひ。
ピッチャーゴロで試合終了! 午後9時過ぎ、大阪ドームにくぐもって響く六甲おろしの歌声。ヒーローインタビューに、監督インタビュー。パンツにランニングシャツのひとひは、ひゅーひゅー口笛を吹きながら鉛筆を動かしている。
不意に顔をあげ、「おとーさん、それにしても、夏休み最後の日に、阪神、勝ててよかったな」。
勝利の余韻の残る夜の灯りの下、小学5年生はたったひとりの延長戦を戦いつづけた。ときおり、異様なハイテンションでケラケラケラ、と笑い声をこぼしながら。
最後のプリントがめくられる。鉛筆が転がり、ひとひはぐらりと揺れ、畳に仰向けにゆっくり倒れる。無音でひびく、試合終了のコール。頭の上にかかった振り子時計の針は、翌8月25日、午前零時半をさしている。
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