「やっぱり」という言葉が秋の浜風に乗って聞こえてきそう。16年ぶりのリーグ優勝、36年ぶりの日本一。阪神ファンの誰もが心を躍らせた。いや、今も小さく踊っていると信じたい。6月18日には最大「8」あった2位巨人とのゲーム差は気づけばなくなり、8月29日には3位に後退。4月4日から守っていた首位の座を一時明け渡した。心配性の虎党たちは、21もの最多貯金があった6月ですら「信じていいんかな?」「いやまだわからんやろ!」なんてやりとりをしていたはずだ。

 その言葉の裏にはどこかで本当に信じたい気持ちがあったに違いなく、現在のチーム状況にヤキモキしている。

 9月10日に初の出場選手登録抹消となった佐藤輝明や、前半戦は防御率リーグトップで先発投手陣を牽引した青柳晃洋の不調など後半戦のスタートは思わしくない。特に青柳はオールスターに選出され、東京五輪の日本代表にも招集された。いわゆるブレイク期間はほとんどなく疲労が出てくるのも当然のことだろう。ここ2試合はともに5回5失点。それでも1週間の大事なスタートを任されている。 

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 NPBの先発投手はだいたいが中6日での登板。間隔が短いと言われるMLBでは中4日ほどが平均とされている。1試合に投じる球数を100球前後に抑えることでその登板間隔を可能としているが、もちろんハードスケジュールなのには違いない。しかし、それ以上の“中1日”でこの夏フル回転した“腕”がある。

 その“腕”は、後半戦の鈍いスタートをも払拭してくれるほど、私の目に美しく映った。160キロのストレートを投げるわけでも、鋭く曲がる変化球を投げるわけでもない。繰り出すのは、選手たちにとって最高の舞台を整える「神業」だ。

「何日もヤキモキするっていうのは過去になかった」

 阪神タイガースの本拠地・甲子園球場を守る阪神園芸。毎年夏は高校球児たちの夢舞台を整えるという重大任務も背負っている。ファールグラウンドにブルペンを作ったり、マウンドの土を変えたりとお色直しは1つではない。さらに2021年の夏は阪神園芸に30年以上勤めるベテラングラウンドキーパー・金沢健児甲子園施設部長にとっても「初めての経験」だった。

「夏の(甲子園)大会って雨での順延の心配というのはほぼしない。順延しない年の方が多いくらいのイメージで、順延しても1日。2日(順延)だったらよう雨降ったなぁという感じなんでね。こんなに前線が停滞してね、何日もヤキモキするっていうのは過去になかった」

 8月9日に開幕予定だった第103回全国高校野球選手権大会は、台風接近による悪天候が予想されたため開幕日が10日にずれ込んだ。金沢部長が振り返ったように、前線の停滞により異例の大雨。開幕日にとどまらず過去最多の7度の順延となった。プレーボールしたもののノーゲームになったり、大阪桐蔭対東海大菅生では降雨コールドゲームが成立するなど雨のいたずらは度が過ぎていた。大会終盤には“史上初のプロ併用”の見出しが躍り、午前中に高校野球の決勝戦を行い、夜に阪神の試合を開催するという案まで浮上した。結果的に、決勝戦は29日に行われたためその案は幻に終わったが、31日のプロ野球・阪神対中日戦までは“中1日”となった。

第103回全国高校野球 悪天候が続く中、グラウンド整備する阪神園芸

 戻ってきた阪神を眺めながら目を奪われたのは芝生の美しさだった。高校野球は1日4試合行われるため、徐々に外野手の定位置の芝生が薄くなっていく。「5、6日あれば傷みがほぼわからなくなる」というが、今年は1日しかなかった。物理的に時間が足りない中でなぜ青い芝生で阪神を迎えられたのか。それは金沢部長の経験に基づく感覚に加え、去年のある作業があったからだった。

「いつも休養日に(プロ野球開催日までを)逆算して作業していく。今年は当初の予定だと準々決勝前の休養日にそういう作業をして、準々決勝の翌日はそこまで手を加えなくていいかなと考えていた。それが休養日が1日になったので、逆に前倒ししたんです」。当初3日あった休養日は1日になった今大会。23日には午前中に大阪桐蔭対近江の試合が行われた後、女子高校野球の決勝が夕方に行われた。その間の時間を利用して作業を進めていったのだという。

 さらに「普通は決勝が終わってから全体に肥料を撒くのを、もう準決勝終わりでやってしまったりもした。結果的にこの前倒し作業によって中1日である程度の見栄えにできた」。まさに、職人の感覚に基づく計画が生んだ技だった。実際、芝生の想像以上の回復ぶりに選手たちも気づいていた。「最初、糸井(嘉男)選手がグラウンドに出てきたときに、スーッと芝生に入っていって『え?』って言って戻ってきた。『テレビ見て、みんなで(芝生)やばいやろなってゆーとったんですけど全然ですね!』って言ってましたね」。さらにこの日は中日戦。去年まで甲子園の芝生上を駆け回っていた福留孝介も「全然マシですね!」と感嘆の声を漏らしたという。