11月18日、日本ハムは来季のコーチングスタッフを発表した。16年ぶりの球界復帰となる新庄剛志監督……じゃなかった“ビッグボス”を支えるスタッフに注目が集まったが、実績組の招聘と言えるのは阪神からやって来る山田勝彦バッテリーコーチくらい。新庄監督が世に出た時の騒ぎとは違って、静かなものだった。

 ただ、これでいいのだと思う。コーチは選手を支えるのが仕事で、決して表に出る必要はない。ヘッドコーチに就任した林孝哉氏は日本ハムで長年スカウトを務め、熱心な仕事ぶりには定評がある。例えば現在は巨人でプレーする石川慎吾の強打に目をつけ、プロへと導いた。コーチとしても1、2軍双方の経験を持ち、同学年のイチロー氏(元オリックス)との親交が深いことでも知られる。ダイエーでの現役時代、ハワイのウインターリーグに参加した際には宿舎で同部屋だったという。

 自身の通算成績は実働8年で263試合出場、12本塁打、打率.237と、決して一流選手と言えるものではない。その中でイチローと新庄、2人のメジャーリーガーのそばで過ごすことになる。どんな参謀になってくれるのか注目だ。

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今のファイターズに一番欠けているものを持ってこられる男

 前置きが長くなったが、2006年の日本一からのファイターズ黄金時代を知るファンには、懐かしい名前もあった。「稲田直人内野守備・走塁コーチ」。今のファイターズに一番欠けているものを持ってこられるのは、この男かもしれない。

 稲田がどんな選手だったか、思い返してみよう。広陵高、駒大を経て社会人野球のJFE西日本から2004年に入団。経歴からわかるように即戦力との期待をかけられたが、そうはいかなかった。2年目までは1軍昇格も果たせなかった。

 それが3年目、開幕から2軍で.350を超える高打率を残し、1軍切符をつかむ。1軍の内野が固まり切っていなかったことも幸いした。三塁で起用された木元邦之もホセ・マシーアスも不振で、彼らに代わり少しづつ出番が増えていった。同年の日本シリーズにも先発出場している。

稲田直人 ©文藝春秋

稲田の声がいかに恐ろしいものであるか

 新庄と小笠原道大内野手がいなくなった2007年のチームでは、さらに重宝される存在となった。「とにかく相手の嫌がることをしようと思っている」という狙いで立つ打席では、進塁打や四球ももぎ取って後ろにつなげるという役割をこなし、スモールボールを極めて優勝したこの年にピッタリだった。お立ち台で「なまら最高じゃけんのう」という決め台詞を発して人気者にもなった。

「ムードメーカー」と形容されていたように、もう一つの武器が声だった。ベンチにいることも、いないこともすぐに分かった。2008年、新任の梨田昌孝監督も、稲田の声を頼りにした。ところが5月頭に骨折し登録抹消。その間「ベンチが静かすぎるんだよな……」と指揮官は嘆いていた。鎌ヶ谷でリハビリしていた稲田も、1軍戦の中継を見て静かなベンチに驚き「僕の代わりはいませんでしたね」と笑っていた。2009年にも優勝チームの一員となったが、その年のオフ横浜へのトレードを通告された。

 稲田の声がいかに恐ろしいものであるかは、敵になってさらによく分かった。武田勝投手に聞いたことがある。「とにかくうるさいんだけど、中身が『クセ見えてる!』とかなんだよね。そうするとどうしても気になるし、投球もおかしくなりかねない。同じチームにいた時は、そこまでとは思わなかったんだけどね」。ベンチにいても、立派な戦力だった。