譲り受けたチケットと西崎投手のノーヒットノーラン

前略 えのきどいちろう様

 2022年シーズンも終わりました。BIG BOSS率いる今季の北海道日本ハムファイターズ、リーグ順位こそ最下位でしたが、伊藤大海投手の2年連続となる防御率2点台での二ケタ勝利やプロ入り11年目・松本剛選手の首位打者タイトル獲得、そしてルーキー・上川畑大悟選手の溌剌としたプレー。来季から新本拠地となるエスコンフィールドHOKKAIDOでの飛躍を予感させるシーズンでしたね。

 ところで、えのきどさん。今シーズンを振り返って、ひと言でまとめるならば“ノーヒットノーラン大豊作の年”である、と思いませんか。4月10日、日本中の野球ファンが狂喜乱舞した千葉ロッテマリーンズ佐々木朗希投手の完全試合達成を端緒に、約1カ月後の5月11日には福岡ソフトバンクホークス東浜巨投手、そのまた約1カ月後の6月7日には横浜DeNAベイスターズ今永昇太投手、さらにその11日後の6月18日にはオリックス・バファローズ山本由伸投手、極め付きに8月27日にはファイターズコディ・ポンセ投手がノーヒットノーランを達成。年間に5人ものノーヒッター誕生は1940年以来で、戦後では初の珍事だとか。

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 さて、えのきどさん。私がノーヒットノーラン大豊作の今年、思いを致すのは「ノーヒットノーラン試合の現場目撃者」の存在ですよ。日本のプロ野球では、レギュラーシーズンにこれまで延べ98回達成されています。中には複数回現場に立ち会ったという人も、きっとおられるでしょう。とはいえ、ノーヒットノーランの現場に出くわす機会なんて、滅多にあるものではありませんよね。

 いやあ、えのきどさん。本当に感謝しております。95年7月5日、東京ドームのファイターズ対西武ライオンズ戦において、私は西崎幸広投手のノーヒットノーラン達成の瞬間を目撃する僥倖に巡り合えました。えのきどさんに譲っていただいたチケットで。えのきどさんは『週刊漫画ゴラク』(日本文芸社)8月4日号掲載の連載コラム「虹を描くホームラン」で、その悔恨を綴られましたね。このコラムは著書未収録のようですので、ちょっと長いですが引用させてください。

西崎幸広 ©文藝春秋

 仕事から帰ったらナカジマから電話が入っていた。ナカジマというのは四谷文鳥堂書店の店員で、日ハム応援仲間。

「西崎がノーヒットノーランしたんす。さぞ悔しかろうと思って電話してみました」

 しばらく声を失った。

 その日の東京ドームボックス席チケットは僕が手に入れたものの仕事が立て込んでて身動き取れないから昼間、文鳥堂でナカジマにあげたものだった。バックネット裏の最高の席である。昨日グロスが1安打完封したと思ったら、今日はノーヒットノーランか。

 大失敗である。(後略)

上記コラム掲載の『週刊漫画ゴラク』表紙。当該コラムには蛭子能収さんによる“日ハム”とヨコ表記された帽子を被った人物がボールを投げているイラストが添えられている ©FPM中嶋

 当時、私はこの号の入荷時にバックヤードで読んで「本当に申し訳ないことをしたなあ」と思ったものです。『SPY×FAMILY』のアーニャが悪だくみをしている時のような表情で。

 ですが、えのきどさん。同年の9月6日。えのきどさんは、私がファイターズファンとして長年密かに願いながら、ついに叶わなかった“東京ドームでの始球式”を務めたではないですか。その時の心境を『週刊小説』(実業之日本社)10月13日号掲載の連載エッセイ「忌憚のないところ」に書かれておりますが、私の始球式に対する思いまで暴露したこのエッセイは96年発売の『心配御無用』(実業之日本社刊)に収録されているので、引用しません。

上記エッセイ掲載の『週刊小説』表紙。表紙掲載の作家陣のほか、2色グラビアページでは赤瀬川原平氏、エッセイでは北杜夫氏の連載も。ウソのようだが当該エッセイの掲載ページは86ページである ©FPM中嶋

 ちなみに、えのきどさん。譲ってもらったチケットで私が西崎投手のノーノーを見た95年7月5日は、大谷翔平選手の満1歳の誕生日だそうです。

草々 2022年10月14日 FPM中嶋