驚くほどにスッキリとした表情をしていた。プロ11年間、2015年には自己最多の34試合に登板し、翌16年にはプロ初完封もマークしている。戸田隆矢は、左肘の故障もあり、2022年オフ、カープのユニフォームを脱いだ。

 その野球センスの高さは、左のエースに台頭していても、何の不思議もなかった。

 通算95試合、11勝7敗1セーブ。潜在能力からすれば、「完全燃焼」とは言い切れまい。しかし、目の前での口ぶりは実に清々しいものがある。

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「僕ね、体を動かすのは得意だし、暑さに強いです。なんといっても、カープの由宇練習場(山口県岩国市)で鍛えられていますから。そもそも、汗をかくことは好きです。仕事しながら汗をかくことって、幸せですよね」

レモン農家に転身した戸田隆矢 ©坂上俊次

「あの頃から、農業のことが頭にありました」

 レモン農家に転身するらしい。

 これまでも、セカンドキャリアの話をすることはあった。

「いやいや、野球で夢を見せてよ。ここからだよ」

 そう合いの手を入れながらも、戸田の考え方が、少しずつ一貫性を持ち始めていたことも感じていた。

「野球では怪我にも苦しみました。それだけに、『健康』の大切さを感じることは多いです。健康。うーん。トレーニングの知識、栄養のこと。あと、体を動かすことも素晴らしいことだと思います」

 こういう会話の中でも、彼は、考えを発酵させているようだった。

 しかし、この度の「レモン農家」には驚いた。

 友人の一人は言う。

「最初はビックリしました。僕も祖父母が農家でしたが、仕事はとても大変そうでした。お正月も朝は畑に行っていましたし、ノウハウも必要。近くに経験のある人がいて、学びながらやっていくものと聞いたこともあります。何より、祖父母の周囲も、若い農家は少なかったです。でも、純粋に語る戸田くんを、凄いとも思いました」

 戸田にとっても、思いつきなどではなかった。左手首の怪我もあり、2017年以降、出場機会も激減。左肘の手術も受け、2021年からは「背番号125」の育成契約となっていた。

「あの頃から、農業のことが頭にありました。オフに、地元(兵庫県)で、農業をやっている同級生を見に行ったことがあるんです。働く姿が楽しそうで、自分は野球をやっていたのですが、元気や刺激をもらいました」