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1本のヒットが運命を変えた…樋口正修が中日入団という“奇跡”を起こせた3つの理由

文春野球コラム ウィンターリーグ2023

2023/02/28
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「樋口には本気で厳しくしましたよ」

 2つ目に挙げられるのは、樋口の「意志の強さ」。

 誰に聞いても「真面目」なのだが、話を聞けば聞くほど「ただの真面目ではない」と思うようになる。言われたことをやる「真面目」ではない。常に上を目指すためにどうしたらいいかと考え、自分で決めて突き進む。貪欲さと集中力と持続力。そんな意志の強さ、「決めたことはやり遂げる」ブレない自分を持つことは、独立リーグからNPBへ行くという夢を叶えるためには、何より大事なことだ。

 小1で始めた野球にひたすら打ち込み、背が小さかったために背を伸ばすと言われる飲料をひたすら飲み続けた。中1になってからつけ始めた野球ノートは今でもつけ続けている。

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「高校では練習し過ぎて変人扱いでした。練習に付き合ってくれる人がいなくなって、後輩が入ってきたのでやっと捕まえて。大学の時は、集団責任で坊主にするのは嫌だから『朝までバットを振ります』って言って、本当に朝まで振ってたことがあります」

 ブレない男。それが樋口正修だ。

「もっと速くなる」。そう決心した樋口は、山梨に麻場氏を訪ねた後、母校駿河台大学の陸上部と一緒に冬を過ごした。走りを見直し、フォームも改善した。2022年、シーズンでの盗塁数自体は減ったが、タイムは前年より縮めている。

「量より質と思っていたので。アベレージでいいタイムを出すということを意識してました」

 大学の練習やリーグ戦と、独立リーグの練習や試合日程は全く違う。雨天中止の振替でシーズン後半は過密日程にもなる。夏場の暑さでバテても来る。そのため前年は後半のタイムが落ちていた。2年目は夏を乗り切るために、提携しているトレーナーとも相談し、終盤までタイムを落とさず走り切るためのトレーニングを取り入れた。

 2年目の独立リーガーに対する目が厳しくなるのは必然。指名の確率は下がるのが普通だ。見せられるとしたら、「成長」。伸びしろのない完成された選手は求められていない。「速さ」と「走りの質」を高める。そこに特化した。

©HISATO

 とはいえ、いくら足が速くても塁に出られなければ意味がない。当てるだけのバッティングではNPBでやっていけない。「振る」力は大事だ。

 埼玉武蔵に入団して以来、樋口は打撃面の成長も著しかった。何より努力が凄まじかった。何しろ片山博視(元楽天)選手兼任コーチからもらった1kgのバットを振り続けた。ただ振るのではなく、それを持って打席に立ち続けたのだ。

「樋口には本気で厳しくしましたよ。でも何くそとついてきてくれた」と片山コーチはその努力を振り返る。2年目にも打撃が不振だったときに1kgバットを再び持ち、打てるようになったこともあった。入団当初BCリーグの投手についていけるのかと思われた打撃は、2022年シーズン終了時に3割超を記録するまでになっていた。

「これより下はないので、上がるだけです」

 3つ目に挙げられるのは、運と縁。一つ言えるのは、埼玉武蔵ヒートベアーズに入っていなければ、今の樋口はなかった、ということだ。

 独立リーグの球団は一般的に、地元の選手を積極的に採用する。いわゆる「地元枠」だ。はっきりと規定があるわけではないが、樋口の場合はそうだろう。そして地元で才能を発掘し、育て、地域で支え、次のステージへと送り込むというのは、独立リーグの大きな役割でもある。樋口はそれがまさしく成功した例であり、その姿がまた地域の子どもたち、野球選手たちの夢を育むことになるだろう。

「樋口の活躍が、今の僕の糧にもなります」

 35歳で現役を続行する片山コーチも球団の選手たちも、樋口の飛躍を心待ちにし、励みとしている。独立での挑戦を2年間支えた家族も、熱く応援し背中を押し続けたファンも、遠くから声を送り続ける。彼を支えるものは多い。

 ドラフトは、運と縁で動く生き物だ。もしもBCリーグ選抜がフェニックス・リーグに参加していなかったら。もしも中日との試合がなかったら。もしも樋口がそこでヒットを打たなかったら。

 いくつもの偶然が重なった。いくつもの幸運があった。しかしそうでなくても、何があろうと樋口は最後まで全力で駆け抜けただろう。たとえ20点差で負けていても、決して集中力を途切れさせることがない。それが樋口正修だったから。誰が諦めようとも、最後まで諦めることはなかった。だからこそ、この幸運を呼び込むことが出来たのだ。

中日新入団選手発表会見に臨む樋口正修

「練習は厳しい方が好き」という樋口。

「育成3位って一番下ですから。これより下はないので、上がるだけです」

その言葉の通り、今もキャンプで、練習試合で、全力で上へ向かって挑み続けている。

 埼玉生まれの埼玉育ち。ついたあだ名は「北本エクスプレス」。それは小綺麗な特急ではなくて、道なき道も自分で切り開き、誰よりも泥だらけになって突き進む特急だ。夢の扉を開いた樋口は、同時に彼を支えた多くの人たちの夢も叶えた。彼らの思いを糧に走り続け、やがてもっと多くの人の夢を乗せる存在になっていくだろう。

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