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原監督からかけられた言葉

 ダンスを踊ることだけがヴィーナスの仕事ではありません。試合前のスタジアムツアーのアテンド、お客さんを入口で出迎えるウェルカム、イベントMC、ヒーローカーの運転なども大事な仕事です。ダンスも試合中だけでなく、ステージで踊ることもあるため、その準備で早く出勤しなければなりません。私は自宅から東京ドームまでが遠かったので、デーゲームの日は朝5時台に出発しなければ集合時間に間に合いませんでした。

 1年目は覚えることがあまりに多く、続けていけるのか不安な気持ちになることもありました。

 その一方で、ジャイアンツへの思い入れは日増しに高まっていました。スタジアムツアーのアテンドをしていると、選手が練習している様子がよく見えます。「この選手はいつも早く来て練習してるんだな」と応援する気持ちが強くなりました。

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 ダンスのためにベンチ横で待機していると、原辰徳監督が「いつもありがとう」と声をかけてくださることもありました。私たちの存在を認識してくれているんだ、とうれしかったです。パフォーマンス後に私たちに向かって拍手を送ってくださるコーチの方もいて、本当に励みになりました。

 選手、それを支えるスタッフ、運営にご尽力いただいている球団職員、スタンドを盛り上げるスタジアムDJ、ステージMC、私たちを思って仕事してくれるマネージャー……。熱意を持って働く周りの人々に感化されて、気づいたらジャイアンツの勝利に対して貪欲になっていました。

 その年、ジャイアンツはリーグ優勝を飾って、クライマックスシリーズでも阪神を破って日本シリーズへの進出を決めました。最後はリーグ優勝のペナントを持った選手に続いて、ヴィーナスも後ろを歩いて東京ドームのグラウンドを一周するんです。グラウンドからスタンドを見上げて、ジャイアンツファンの笑顔と大歓声を感じる。その時の光景は今でも忘れられません。続けていけるか不安だった思いは消えていました。

 2年目に入るとコロナ禍という難しい問題に直面しました。スタンドに誰もいない東京ドームで踊るのは不思議な感覚でしたが、それでも「選手にパワーを送るんだ」という一心で踊り続けました。

 気持ちのうえでは、自分たちも戦っているつもりでした。たとえ負けていても、「ここからどうやって逆転していこうか?」としか考えていません。私たちがパフォーマンスした後にジャイアンツに点が入ると、「少しは流れを変えられたかな?」と感じていました。ヴィーナスにはアクロバットを得意とするメンバーもいるのですが、彼女たちは「1回でも多くバック転を回って、チームに勢いをつけたい」と言っていました。

筆者・齊藤七夏瑚(本人提供)

最終戦で起きた“奇跡”

 2022年に私はヴィーナスのリーダーになりました。「この1年ですべてをやり切ろう」と決めました。リーダーの士気によってチームの雰囲気が変わってきます。控え室がどんよりしないこと、全員に闘志をたぎらせることを常に考えていました。

 負けが込んでいる時は、メンバー同士で塩をかけ合って身を清めてパフォーマンスに臨んでいました。試合が終わったら反省会があるのですが、「どうしたら選手に届く応援ができるか?」ということを話し合いました。

 結果的に、チームはクライマックスシリーズに進出できず、私はヴィーナスのリーダーとして責任を感じました。それでも、気持ちを切らさずに最後までジャイアンツを全力で応援し続けました。

 東京ドームでの最終戦は、ヴィーナスのメンバー22人が全員集合してパフォーマンスをします。ラッキーセブンのタイミングで『闘魂こめて』のBGMが流れ、アクロバットメンバーがラストに合わせてバック転をする流れになっています。

 すると、入団当初は3回連続で回るのがやっとで、「ラッキーセブンだから7回回りたい」と言っていたメンバーが、なんと15回連続で回ったのです。その日、もう一人のアクロバットメンバーも同じく15回連続でバック転を決めました。私たちの思いを乗せてくれたように感じて、しばらく感動が止まりませんでした。

 ヴィーナスを卒業した私は今も、ジャイアンツ球場での試合でスタジアムMCを務めさせていただくなどジャイアンツにかかわらせてもらっています。

 私にとってジャイアンツはなくてはならない存在ですし、ジャイアンツが私という人間をつくってくれたと感じます。

 選手、スタッフ、ファンが一体となって、温かい雰囲気をつくっている。その素晴らしさを伝えたいからこそ、私はこれからもチームとファンの架け橋になっていきたいと思います。

 そして、ファンのみなさんにはヴィーナスの後輩たちがジャイアンツの勝利を心から祈ってパフォーマンスしていることを感じてもらえたらうれしいです。

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