「なんで数学をしなきゃいけないんだろう」「数学をやってなんのためになるんだろう」と怒りにも似た問いをかけるド文系編集者に、数学者はどう答えるのでしょうか。
ここでは、『数の進化論』(文春新書)から一部を抜粋。「チャート式」の監修や『数学の世界史』など多数の著書で数学の魅力を広め続ける“ブンゲン先生”こと加藤文元氏(ZEN大学教授、東京工業大学(現・東京科学大学)名誉教授)が解説します。(全3回の3回目/もっと読む)
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数学も「シュレーディンガーの猫」に?
加藤文元(以下、文) 数学はまさに今、変革期にあるような気がします。「数学的な正しさとは何か」というところも、だんだんと変わってきている。その一つには、量子力学の影響があります。量子力学が生まれてすでに100年が経過しましたが、量子力学的な世界観の影響は、数学にもかなり具体的に及んでくるようになりました。
編集者(以下、編) 量子力学といえば「シュレーディンガーの猫(註)」ですよね。箱に入れられた猫は生きているのか死んでいるのか……実際に観測するまでは確実ではない。数学もそのような考え方へと変わっていくわけですか。
(註)オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガー(1887~1961。1938年のドイツによるオーストリア併合の際にイタリアに亡命。1939年にアイルランドに亡命)がおこなった思考実験。一定確率で原子核崩壊を起こす放射性物質と、原子核崩壊を検知すると毒ガスを放出する装置と一緒に箱に入れられた猫は、蓋を開けて観測するまで生きた状態と死んだ状態が併存するという、量子力学の考え方が表れている。
文 決定論的な数学から、統計的・確率的な数学の見方へと変わっていく。つまり、「数学とはバチッと答えが出るものだ」から、「バチッと答えが出るのは例外で、ほとんどは統計的なものでしかない」という新しい数学観に昇華していくかもしれません。先ほどのabc予想でも、「大体」という言葉が出てきましたよね。


