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その女、爪角(チョガク)。依頼者にとっての“害虫”を駆除する「防疫」業者。一箇の躊躇(ためら)いもなく、正確無比な一撃でターゲットを仕留める。すなわち殺し屋。
韓国文学史上前例のない60代女性の暗殺者を描いたベストセラー『破果』を原作とした、ミュージカル『破果(パグァ)』が幕をあける。本作で人生を暗殺者として生きる爪角を演じるのは、花總まりさん。ナイフやピストルを構え、時に複数を相手に激しい格闘を繰り広げるハードアクションに初めて挑む。「これまでは王妃やお姫様といった“守ってもらう”役を演じてきましたから、殺し屋役に驚かれる方も多いんじゃないかと思います」と不安をのぞかせるが……。
「一昨年、韓国で上演された『破果』を観て、爪角を演じた俳優さんが素晴らしくて。アクションはもちろん、モノローグで語られる心の中の言葉から彼女の孤独を痛いほど感じました。爪角と同世代と思しき方も、周りの大学生ぐらいの女性たちもみんな号泣していて。見る者のハートを摑む作品だと感じました」
物語の核となるのは、60代という年齢を迎えた一人の女性の葛藤だ。
「若いうちは何も気にせずできたことが、少しずつできなくなっていく。ふとした瞬間に『若いっていいな』と思うことも増えるでしょう。60代という年齢は、暗殺者でなくても、自分の人生を振り返る節目の時なのだと思います。そこで感じる『老い』への戸惑いや寂しさは、多くの方に共感していただけるはずです」
あの人には哀しみがある――。爪角には、かつてリュウ(武田真治)という最愛の人がいた。〈守るべきものを持ってはいけない〉という彼の遺言と悲劇的な過去が、彼女を孤独な修羅の道へと駆り立てた。しかし、リュウの面影がある医師・カン博士(武田真治/二役)に救われる。
「彼女は望んで殺し屋になったわけではない。でも生きるために葛藤も感情も閉じ込めて自らを無にしてきました。それがカン博士、彼の娘や家族と触れ合い、鋼の心が揺れ動いていく。暗殺者としての自分と、守るべきものとの狭間で」
そこに現れる暗殺者トゥ(浦井健治)。爪角との因縁、そして最後の死闘へ。
「カン博士と出会い、心が揺れる爪角のことを許せない。憎い。けれど、憧れも捨てきれない。トゥにも屈折した思いがあるんです」
タイトルの「破果」とは、韓国語で「傷んでしまった果実」「女性の年齢の十六歳」を意味するという。劇中で描かれるのは、熟さずに腐った桃、年老いた愛犬。「無用」とされるものの象徴だ。
「自分はもう不要なのではないかという不安、誰かにすがりたくなる脆さや弱さを抱えて、爪角は最後の仕事へと向かいます。大切なものを守るために。朽ちかけた自分のなかにまだ輝く何かがあるかを見つけるために」
〈最後に吹く風が 私をいま目覚めさせる〉
「曲も素敵なんです」と透き通る声で劇中曲の一節を歌ってくれた。爪角は最後にどんな決断を下すのか。
「お客さんに、こう伝えたい、こう感じて欲しい、とは言えません。いまはただ、爪角の必死に生きてきた姿をお見せするだけ。……怪我には気を付けます(笑)」
その表情には、新境地を拓く、凜然とした決意が漲っていた。
はなふさまり/1973年、東京都生まれ。91年、宝塚歌劇団に入団。94年より雪組娘役トップスター、98年より宙組娘役トップスターに就任。トップ在任12年3カ月は歴代最長記録。2006年に退団後はミュージカル『レディ・ベス』『エリザベート』『マリー・アントワネット』などに主演。菊田一夫演劇賞大賞など受賞多数。11月上演の『バクダッド・カフェ』に出演予定。





