2019年6月、当時阪神タイガースに所属していた原口文仁さんは、千葉ロッテマリーンズとの交流戦の初戦で代打として出場し、二塁打を放つ活躍を見せた。実はこの少し前まで、がんとの闘病生活を送っていた原口さん。その軌跡を振り返った。
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妻を1人にしてしまうかも
当時26歳だった原口さんが「大腸がん」の診断を受けたのは、復帰戦の半年前となる1月8日のことだった。2年前からどれだけ眠っても疲労や眠気が抜けず、体のだるさが続いていた。そこでシーズンオフに人間ドックを受けたところ、担当医からがんの告知を受けた。
「まさか自分が――という気持ちでしたよね。頭が真っ白になりましたし、最初は本当に落ち込みました。野球選手は体が資本の職業なので、食生活や普段の体調の変化にはかなり気を付けながら生活していました。それだけに、自分ががんと言われたことへのショックは本当に大きかったです」
前年には娘が生まれたばかりだった。何も考えることができずに病院の外に出て、しばらくして少し冷静になると、真っ先に頭に浮かんだのがまだ小さな娘のことだった。
「妻を1人にしてしまうかもしれない。子供が成人式や結婚式を迎えるのを見られなくなってしまうんじゃないか。そう思うとすごく不安になって……。生や死というものを人生で初めて意識した瞬間だったと思います」
医師からは「手術までの間は体力を落とさないように、野球をやっていていいですよ」と言われていたので、2日後の1月10日からは練習を始めた。グラウンドに立って体を動かしていると、その時間だけは病気に対する不安が後景に退いた。
「このときはまだ、正直に言えば強い気持ちで病気に立ち向かおう、という感じではありませんでした。ただ、練習をして頭の中を野球のことでいっぱいにしてしまわないと、不安に押しつぶされてしまう。だから、グラウンドで一生懸命に練習をしていました」
助けになったのは、日々の生活を支えてくれる妻が「いつも通り」でいてくれたことだった、と原口さんは言う。



