梅宮アンナさんは、自身の乳がんとの闘病をSNSなどで積極的に発信してきた。その原動力には何があったのか。いま改めて闘病生活を振り返る。
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人間ってちゃんと忘れるようになっているんだな
「私が抗がん剤の治療を終えたのは去年の3月なので、もうあれから1年が経つんですね」
モデル・タレントの梅宮アンナさん(53)はそう言うと、「そのことをどう受け止めればいいか」というふうに少し考えてから続けた。
「いま、ふと思うのは、やっぱり人間ってちゃんと忘れるようになっているんだな、っていうことかな。治療中は本当にすごく大変だったし、『この苦しさや痛みがいつまで続くの』と思うこともありました。いつも体が薬に攻撃されて、肺炎にもなった。でも、いまあのときのことを思い返すと、それをどうやったらきちんと言葉にできるんだろう、って心許ない気持ちになります」
「元気になったらお願いします」
そう語る梅宮さんは、2024年に「浸潤性乳がん」のステージ3aと診断されて以来、自身の闘病をリアルタイムで発信し続けてきた。SNSでの発信のみならず、現在はウィッグのプロデュースや乳房切除術後でも着用しやすいブラジャーの開発など、がんとともに生きるための「新しいライフスタイル」の提案を行っている。
「がんと言われたとき、私にはトライしてみたいことがあったんです」と彼女は言う。化学療法の激しい副作用に晒されながらも発信を続けた裏には、ある強い動機があったのだ、と。そのきっかけはがんであることを公表した後、出演予定だった料理番組がキャンセルになったことだった。
「『元気になったら、またよろしくお願いします』と言われたとき、私は本当に傷ついたし、悔しかったんです。自分はただお料理の仕事がやりたかっただけなのに、って。いまの時代、治療をしながらでも仕事はできる。全部が全部ではなくても、やれることはきっとある。私自身、それにトライしてみたかったんですよ」

