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梅宮さんががんの診断を受けたのは2年前、2024年7月のことだった。右胸の形の異変に気付き、娘に言われて病院を受診したところ、がん細胞が周囲の組織に広がっている「浸潤性乳がん」と診断を受けた。すでにリンパ節への転移が見られる状況だった。
しかし、そのときの心境は自分でも驚くほど静かなものだった、と彼女は繰り返し語ってきた。
「『ああ、来る時が来たな』というのが率直な感想でした」
その冷静さの背景には、自分がいわゆる「がん家系」の中で育ったという環境がある、と彼女は言う。六度のがんで激しい闘病を続けた父・梅宮辰夫さんをはじめ、親戚にもがんを経験した人が多く、「いつか自分もがんになるんだろうな」という予感があったそうだ。
とくに30代のときから闘病続きで、81歳で亡くなるまでに幾度もの手術や化学療法、さらには人工透析を受けつつ俳優を続けた父・辰夫さんを間近で見てきたことは、彼女の人生観や死生観に大きな影響を与えた。
「忘れられないのは、そのパパが晩年、選挙があったときに『安楽死を認めさせようとしている政治家に投票したい』と言ったことです。あんなにバイタリティに溢れていた人にも、自分から『もういい』と思う瞬間があるんだ、って。生きたいんじゃなくて、生かされるつらさっていうのは、やっぱり経験した人しか分からないんでしょうね」
