元グラビアアイドルの藤乃あおいさんが、2026年1月5日に死去したことが分かった。享年27。
24歳のときに顔面や頚部(けいぶ)の深い位置に腫瘍ができる希少がん「副咽頭間隙腫瘍(ふくいんとうかんげきしゅよう)の横紋筋肉腫」が発覚。その後、治療に専念し、2024年8月に芸能活動を再開していたが、2025年3月末で所属事務所を退所し、同年7月には2025年いっぱいでの芸能活動引退を表明していた。
2024年11月に行われたインタビューから、彼女の壮絶な闘病生活を振り返る。
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藤乃さんが体の異変を感じたのは、24歳の10月頃だった。右耳の聞こえづらさから始まり、「ずっと水中にいるかのよう」と表現する不調を感じるようになった。
「『なんやろな。まあ、そのうち治るやろ』と思って、友だちやファンの方にも伝えていて『謎や。歳かなぁ』と会話していたんです」
耳鼻科で「痛みのない中耳炎」と診断され抗生剤を処方されるも改善せず、11月末には顔の右側のしびれと頭痛に悩まされるようになった。その後も複数の病院を転々とする「たらい回し」状態が続き、ようやく「副咽頭間隙腫瘍」の疑いがあると診断された。
検査の過程で腫瘍がピンポン球ほどの大きさにはれあがり、医師からは「腫瘍が大きくなるスピードが速すぎる。あと1週間発見が遅れていたら、窒息死していたかもしれない」と告げられた。本来、抗がん剤治療までは1ヶ月ほどの準備が必要だったが、余裕がなく3~4日ほどの準備で1月末から抗がん剤治療が開始された。
治療中の痛みは激烈で、「身内や友だちに経験させるのは嫌やな」と思うほどだった。ベッドで仰向けになることもできず、正座したまま15分ほど眠っては痛みで目覚める日々を送っていた。
抗がん剤治療は2023年1月から12月まで11ヶ月間に及び、入退院を繰り返した。治療開始から2週間ほどで髪の毛が抜け始め、病院の風呂で髪を洗っていた際に両手でフワッと抱えられるほどゴッソリと抜けたという。
「苦手なホラー映画のワンシーンを思い出して『怖いし無理や……』と思った」と語る藤乃さんは、風呂上がりに付き添いの母親に「今から切るわ」と言い、文房具のハサミでバッサリとボブぐらいまでカットした。
体型にも大きな変化があった。入院時に45キロあった体重は36キロまで減少。「ガイコツみたいになっちゃった」と振り返る。胸のサイズも3~4つ下がり、「この姿で現場に戻るの嫌やな」と不安を抱えていた。
抗がん剤治療と放射線治療の影響で味覚も変化し、「食べ物を口に入れてもジャリジャリとした砂みたい」な感覚に苦しみ、唯一まともに味を感じられたゼリー飲料を少量ずつ摂取していた。
闘病中、最も辛かったのは9月頃まで続いた精神的な落ち込みだった。身体のピック(点滴などを入れるために血管へつなぐ管)から菌が入り、感染症を発症して高熱に見舞われた。処方された抗生剤が合わず、腎臓に負担がかかり血尿が出るほどの症状に悩まされた。「顔も足もパンパンにむくんでしまって最悪でした」と当時を振り返っている。
藤乃さんは「周りの人が温かくて、私は恵まれてるなって再認識できました」と語り、家族や友人、ファンの支えに感謝を示した。特に母親は「常に付き添ってくれていた」と語り、仕事の終わりには「お疲れさま。明日もがんばってね」という母からの言葉に癒されていたという。
2024年11月のインタビュー当時、藤乃さんは「グラビアのお仕事に限らず、やれることを愉しみながら張り切ってやっていこうと思っています」と前向きな言葉を残していた。
彼女の笑顔と、最後まで前向きに生きようとした姿勢は、多くのファンの記憶に刻まれることだろう。心よりご冥福をお祈りいたします。
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藤乃あおいさんの生前のインタビュー記事は、下記のリンクからお読みいただけます。







