元グラビアアイドルの藤乃あおいさんが、1月5日に死去したことが分かった。享年27歳。
藤乃さんは24歳のときに、顔面や頚部(けいぶ)の深い位置に腫瘍ができる希少がん「副咽頭間隙腫瘍(ふくいんとうかんげきしゅよう)の横紋筋肉腫」が発覚。その後、治療に専念し、2024年8月に芸能活動を再開した。しかし、2025年3月末で所属していた事務所を退所し、同年7月には2025年いっぱいでの芸能活動引退を表明していた。
ここでは、2024年11月に藤乃さんにインタビューした記事を再公開し、病気が発覚した経緯や、抗がん剤治療をしながら仕事を続けた理由、壮絶な闘病生活などを紹介する。(全2回の2回目/1回目から読む)
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がんと診断された際、母とふたりで涙を流した
――娘が副咽頭間隙腫瘍の横紋筋肉腫、すなわちがんを患ったと知って、親御さんはどんな反応をされていましたか?
藤乃あおいさん(以下、藤乃) 母は故郷の石川県から上京して、検査中も常に付き添ってくれていたんです。がんだと聞いたときは、だいぶショックを受けていましたね。副咽頭間隙腫瘍は90%が良性といわれているのに、私が残り10%の「悪性」だと診断されたのを受けて、おたがいに泣いちゃって。結果を聞いた当日の帰り道では「これからどうしようか」と、会話しました。
――がん治療では妊娠する力、すなわち「妊孕性(にんようせい)」が損なわれる可能性の説明もあったかと思います。
藤乃 説明を受けて、泣きました。結婚願望があるかといわれれば、特に……という感じですけど、親も歳を取っているし、やっぱり「孫の顔は見せたい」と思っていたんです。抗がん剤治療で入院するまでの数日間は自宅で母に「どうしよう」と言っていて。でも、母は「孫は孫でかわいいけど、ママの大事な娘はあんたやねんから」と言ってくれました。
――万が一に備えて、妊孕性の温存療法は?
藤乃 私の場合は、腫瘍がピンポン球大にはれあがり窒息死するおそれもあったし、24歳の1月末にすぐ抗がん剤治療をスタートしなければいけなかったので、最初は妊孕性温存の余裕がなかったんです。でも、2月半ばには「間に合うかもしれない」と言われて、卵巣組織を凍結保存しました。




