朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』での本屋大賞受賞、そしてエッセイシリーズ「ゆとり三部作」の累計50万部突破を記念して、読者人気の高かった「ゆとり三部作」のエピソード上位3作(※)を特別公開します。 ※ランキング一覧はこちら
読者ランキング第2位に輝いたのは、「ホールケーキの乱」(『そして誰もゆとらなくなった』収録)。
自称“生粋の甘党(過激派)”である著者。クリスマス商戦の最高のカモとしてホールケーキを予約しまくった結果、非常に奇妙な後味を残すとある“事件”に遭遇する。
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ライバル現る
12月11日。ケーキその2の引き渡しが始まる日。もちろん、私の冷蔵庫にケーキその1は残っていない。大変美味しゅうございました。
さて、ケーキその2の引き渡し開始は11日の正午からである。私は当然のように、正午にはホテルに到着しているよう逆算し、家を出た。私はいつしか、設定したクリスマス期間にいくつケーキを回収できるかだけでなく、各ホテルのケキ初めを担当するという大役を勝手に背負い始めていた。
ケーキその2の引き渡し場所は、都内某ホテルの一階ロビーにあるチョコレート専門店だった。私は地図を確認しながら、駅からホテルまでの道を急ぐ。電車を降りてからトイレに寄っていたということもあり、到着は正午ちょうどくらいになりそうだった。
ホテルに入ると、広々としたフロアの奥の方に、シックな雰囲気のブースのようなものが設置されていることが確認できた。チョコレート専門店の入口に、ケーキ引き渡し専用のスペースが設けられているのだ。
私は四日前と同様、最短距離でそのブースに直行した。まだ正午を一分も過ぎていない。周囲を見渡しても、だだっ広いロビーにはいかにも大規模なホテル感を醸し出している装飾品ややたら太い柱があるだけで、私以外の客はやはり一人も見当たらない。やれやれ、ここのケキ初めも私ですか――。
「予約した○○です。クリスマスケーキの引き取りに来ました」
四日前と全く同じセリフを口にしながら、私は、四日前と全く同じ展開になることを予想していた。またこの街で私だけ、クリスマスの仲間入りってわけである。
「少々お待ちくださいませ」
店員さんは、内線電話を手に取った。そして、おそらくケーキが保管されている厨房にでも連絡を入れているのだろう、「もしもし、チョコレートサロン××です。クリスマスケーキの引き渡しなのですが」と続けたあと、こう言った。
「二つ、手配をお願いいたします」
二つ?
もしかして、予約する際、数を間違えてしまったのだろうか。そうだとしたら、今からキャンセルできるものなのだろうか――そんなことを考えているうち、別のスタッフがどこからか“いかにもホールケーキが入っていますよ”という箱を二つ持って現れた。やはり二つある。どうしよう。早めに間違いを伝えなければ。
私が口を開きかけた、そのときだった。
「申し訳ございませんが、順番となりますので」
店員さんはそう言うと、箱を一つ抱え、私の前を素通りしたのだ。
え……?
私は硬直する全身の中で、眼球だけをどうにか動かした。箱を抱えた店員さんは、私から見て右手のほうにある、やたら太い柱へと向かっている。
そのとき私は、目を疑った。
柱の陰から、オレンジ色のアウターを羽織った右肩が出ていたのである。
あの人が、一人目――?
「中身、ご確認ください」
店員さんが、柱の向こう側にいる誰かに向かって、箱の中身を差し向けている。私のいる場所からは未だ肩しか見えないが、その位置、「大丈夫です」と受け答えする声色からして、おそらく男性だろう。
うそ、でしょ……? この私が、二番目……?
私は崩れ落ちそうになる脚でなんとかその場に踏ん張り続けた。確かに今日、私は、正午を数十秒ほど過ぎてこのホテルに到着してしまった。前回のケキ初め成功によって、少し気が緩んでいたかもしれない。それは認める。でも、ほんの数十秒だ。その間に出し抜かれるなんて、一体誰が予想できただろうか。
≪――あの男、只者じゃない。≫
神!
≪あなたもわかっているはずです。あの男は只者ではないと。≫
神……。
≪油断してしまったのですね。甘く見るのは、ケーキだけにしておかないと――。≫
私は深呼吸をする。神の言うとおりだ。引き渡し開始時刻に寸分違わず訪れるなんて、あの男は絶対に「仲間とのパーティのためのお使いで来ました(照)」みたいな殊勝な人間ではない。変態的な甘党だ。私にはわかる。そもそも今日は12月11日なのだ。まともな人間がこんな時期にクリスマスケーキを引き取りにくるもんか。それに、今日私が引き取ろうとしていたのは、ケーキその1のような王道の苺ショートではなく、他のどこのホテルも扱っていない非常に個性的なケーキなのだ。彼はきっと、発売の情報が解禁されたときから他の何にも代替できないこのケーキを食べたくて食べたくて仕方がなくて、引き渡し開始時刻と同時にホテルにやってきた生粋の超甘党だ!
そのときだった。
「ありがとうございました」
柱の陰から、オレンジ色のアウターが、その姿を現した。
私はあえて、彼の顔を直視しなかった。彼とはきっとまた、どこかで会うことになるだろうと思ったからだ。本人の意志など問わず巡り会い続けるのが宿命のライバルというもの。今回覚えておくのは、“オレンジ色のアウター”という情報だけで十分だろう。きっとまたどこかで、私はこの色を目にすることになるのだから。
彼がケーキの入った箱を抱えて、私の前を通り過ぎていく。
今回は負けを喫しましたけれど、次はきっと――。
小さくなっていく彼の背中に、私はそう強く念じた。



