週刊誌の記者として日夜取材に駆け回り、「まだ大丈夫」と目をそらしてきた「親の介護」。ついに目の前に突き付けられた難題を、取材するように丹念に紐解くと、矛盾と謎に包まれた「介護の実情」が、徐々に明らかに――。(2022年に「週刊文春」に掲載された連載「実録ルポ『介護の謎』」を再公開します。肩書、年齡はすべて当時)
「母さんが階段から転落して救急車で運ばれた」
実家の父親(78)から突然メールがきたのは昨年6月のことだ。東京の郊外で父親と二人で暮らす母親(74)は、数年前から指定難病のパーキンソン病を患っており、身体が思うように動かなくなっていた。進行性の疾病は、薬で症状の悪化をある程度抑えられるが、状態は年々悪くなるばかりで、近い将来、完全に寝たきりになる可能性も覚悟せざるを得なかった。
だが、転落事故の後、私(48)の“覚悟”がいかに軽いものであったかを痛感させられることになる。
厚労省が発表した『厚生労働白書』(令和2年版)によれば、「日頃のちょっとした手助けが得られない」や「介護や看病で頼れる人がいない」など、生活の支えが必要と思われる高齢者世帯は、この25年で3.5倍程度増加している。2045年頃には、さらに1.5倍程度増える見込みだという。
その一方で、行政などが提供する介護サービスや介護の仕組みについての知識がない、あるいは関心が薄い人が多いことも事実だ。
例えばSOMPOホールディングスが19年に発表した調査では、「近い将来、親の介護の可能性がある」とした人が介護に備えて既にやっていることとして、「地域の自治体の問合せ先を調べたり、実際に相談したりした」と答えた人が僅か5.9%しかいないというのだ。また、「何もしていない」と回答した人が61.5%もいるというデータを見た時、まさに私も同じだったと改めて思った。
昨年末まで「週刊文春」の記者として取材に駆け回っていた私も、「今は忙しい」「まだうちは大丈夫」「介護の仕組みは複雑そうだから今度ゆっくり考えよう」などと、他人事として目をそらしてきた。
ところが、突然訪れた親の介護に直面すると、目の前に問題が山積していることに気づく。まず何から、どうやって手を付ければよいのかさえもわからなかった。そうした課題について関連資料を探し、関係者に話を聞き、取材のように問題を紐解いていくと、複雑な介護サービスの仕組みがようやく理解できるようになってきた。それと同時に、矛盾や謎だらけの介護の実情や、介護業界を取り巻く深い闇まで知ることになるのだった――。
センスの悪い手すり
自宅の階段から転落した母親は、腰椎の一部を骨折して約1カ月の入院となった。父親からメールを貰った2日後、私が病院に見舞いに行くと、コロナ禍のために面会は全面禁止。医師からは、「2カ月くらいはコルセットを巻きます。ただパーキンソン病を患っているので身体はだいぶ弱るでしょうね」と説明を受けた。それでも私の頭には、まだ介護のイメージが浮かんでいなかった。
約1カ月後、母親は無事に退院して自宅に戻った。それからしばらくして、私が実家へ帰ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、リビングの中心に置かれた大きな介護用の電動ベッドだった。
父親の話によれば、母親は入院前から頻繁に自宅で転倒していた。さらに長時間椅子に座っていることが困難で、1日の大半をこの介護ベッドの上で過ごしていたという。正直、そこまで病状が酷くなっていたとは思いもよらなかった。恥ずかしいことだが、私は母親の異変に気付いていなかったのである。
「ところで、この介護ベッドは、介護保険で買ったの?」




