11月の中間選挙を前にして、トランプ大統領の後継者が誰になるのかに注目が集まっている。いま急浮上しているのが、マルコ・ルビオ国務長官だ。なぜルビオなのか、前駐米大使の冨田浩司氏が分析する。
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キューバン・ロビーの申し子
米国政治について少しでも知識がある人にとって、ルビオにはどことなく頼りない印象がつきまとう。
例えば、2013年、オバマ大統領の一般教書演説に対する反論演説に起用された際、緊張のあまりか、全国ネットのカメラの前でペットボトルから水を飲むという失態を犯すと、ルビオの「ウォーターゲート」として記憶されることとなる。2016年の大統領選挙に向けた共和党内の指名争いでは、テレビ討論会において当時はまだ政治の素人であったトランプから「マルコ坊や(リトル・マルコ)」と揶揄され、すっかり貫禄負けしてしまう。
だが、こうした印象に引きずられ、ルビオの政治家としての芯の強さを過小評価することは間違いだ。
1971年にキューバ移民の父母の下に生まれたルビオは、ロー・スクールを卒業して2年後には、地元の市政委員会選挙に立候補し、当選しているので、政界入りは早かった。家庭は決して裕福ではなく、政治家としては地盤、看板、カバンのすべてを欠いたスタートであった。
それだけにその後の彼の躍進には目覚ましいものがある。2000年に州下院議員に転身すると、その年のうちに議会共和党の院内総務に抜擢され、2006年には州下院議長に就任、2010年には39歳の若さで連邦上院議員選挙で当選する。
特筆すべきは、ルビオの栄達が、キューバからの移民社会が形成する極めて特殊な政治環境の中で達成されたことだ。「キューバン・ロビー」は、民族的な政治グループとしては、ユダヤ・ロビーと並んで米国で最も有力なものの一つだ。そのお膝元である南フロリダの政治は、移民社会の顔役が牛耳る「マシーン」に支配されてきた。
実は、ルビオの両親はキューバ革命前の「移住者」で、革命後の「難民」ではない。後年ワシントン・ポスト紙で暴露されるまで、ルビオは両親が革命政権の圧政を逃れ、自由を求めて米国に渡ったという、印象操作を行っていたのであるが、こうした点に気を遣わざるを得なかったのも、南フロリダ特有の政治風土のためだ。
逆に言えば、ルビオがこうした難しい政治環境を生き抜き、「キューバン・ロビー」の申し子として成り上がったことは、彼の政治的感覚の鋭さと野心の逞しさを端的に示している。





