明治の世に、政治家、実業家、軍人、作家などなど名士が恐怖し、大衆が熱狂したスキャンダル紙があった。その名も『萬朝報』。創始者はベストセラー作家にして「探偵小説の祖」、マムシと異名をとった黒岩涙香である。
その『萬朝報』=涙香の最高傑作が、名士たちの隠された男女問題を暴いた「蓄妾の実例」であった―ー。野崎六助著『元祖スキャンダリスト黒岩涙香』(文春新書)より一部を抜粋する。
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「最も緊急なる男女風俗問題」
『蓄妾の実例』は、萬朝報暦七年(一八九八年)七月七日から九月二十七日まで、六十八回にわたって連載された。
萬朝報前期の最大記事作品であり、萬朝報砲スキャンダルの代名詞として言及されることも多い。
この連載は、タイトルに「弊風一斑(へいふういっぱん)」という角書きがつく。文庫化(現代教養文庫 一九九二年)されているので、他の資料よりも手に取りやすい。
左に掲ぐるは此この度たび朝報が、諸新聞に出いだしたる広告なり、読者見落す勿れ
今や政治の変動一段落を告げ世局漸静ならんとす、此際特に社会を驚起せしむる一記事は、来たる七日より朝報紙上に現はれんとす、其事たるや政治に非ず実業に非ず、
最も緊急なる男女風俗問題なり全社会の刮目を促す
嗚呼是れ如何なる記事なるや今より三日の後を待たれんことを請ふ
明治卅一年七月
これは、同年七月四日の萬朝報一面トップに掲げられた社告の引用。他紙に広告を出したことをふくめて、予告篇を打ちあげたものだ。
――性獣政客実業家上流紳士たち。
彼らに人の上に立つ資格があるのか、と萬朝報は満天下に問うてきた。そして読者の正当な支持をうけ、着実に売上を伸ばしていった。『蓄妾の実例』は、そのスキャンダル路線の総決算・集大成といえる。権力者はスキャンダルまみれである。否、権力者とスキャンダルとは同義語である。ある。かかる非道の輩どもよ、マムシの一睨みから逃れられると夢思うなかれ──。
ここに選ばれた男たち、とりまとめて五百十ケース。ペットを愛玩するように、メカケ(第二夫人、第三夫人)を囲った。萬朝報がその事例を広くあまねく調査し、調査ファイルを次つぎと紙面に掲げていく。東京コンフィデンシャル。簡便記載では、氏名(実名)、年齢、住所、そして妾宅の住所。さらに、人物によっては、肖像画(写真ではなく筆写イラスト)までつき、詳しい行状までも暴かれる。
伊藤博文、山縣有朋、井上馨をはじめ、勝海舟、榎本武揚、渋沢栄一、西園寺公望ら元勲たち。後の首相犬養毅、後に蔵相・外相となる曾禰荒助、外務次官・衆議院議長を務めた鳩山和夫、枢密院顧問官を長く務めた伊東巳代治(みよじ)、三井財閥の大番頭益田孝。さらには、森鷗外、北里柴三郎、五代目尾上菊五郎、日本史学の泰斗重野安繹なども顔を出す。その一方で、予備歩兵中尉、千住町長、医師、紙問屋などの「無名の人」もふくまれている。




