気分は、さながら「生贄」だった。元ハリガネロックのボケ役で、現在は、一人で活動するユウキロックが当時の会場の様子を思い起こす。

「実験台にされているような、得体の知れない恐怖感がありましたね」

 記念すべき最初のM-1決勝は、若手芸人にとっては、何もかもが初めてのことばかりだった。収録現場の東京・砧(きぬた)のレモンスタジオには、オンエアのおよそ5時間前に招集がかかった。通常の番組では考えられない念の入れようだった。入り口にはレッドカーペットが敷かれ、ロビーには1万円札を1000枚並べた透明の巨大なアクリルボードが掲げられている。優勝賞金を視覚化しようという番組サイドの演出だった。

 楽屋で待機していると、そこへ審査員を務める島田紳助や松本人志ら生きる「伝説」たちが激励に訪れた。怒濤のごとく押し寄せる「非日常」に、芸人たちの平常心は少しずつ蝕まれていく。優勝候補と目されていた中川家の兄、剛は手を震わせながらタバコをくゆらし、空えずきを繰り返していた。

 ユウキロックも、時間とともにこれから立つことになる舞台のスケールに圧倒されかけていた。

「大会というより、全国のゴールデンでネタをやるということの重責ですよね。そんなこと、20年近くなかったわけでしょう? ここで俺らがコケたら、もう、この番組の道は閉ざされてしまう。だから重苦しい雰囲気でしたよ。会話があるわけでもなく。今とは全然違いましたね」

 第1回大会が開催された平成13年(2001年)の世において、漫才はもはや昭和の娯楽だった。そんな古色蒼然とした演芸である上に、決勝に残った10組は全国的には無名の新人漫才師たちばかりである。勝算など、あるはずもない。

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source : 週刊文春 2021年12月23日号